金属技研と核融合スタートアップのヘリカルフュージョンの挑戦
座談会メンバー
◎金属技研 宇野毅取締役技術開発本部長
◎ヘリカルフュージョン 久保洋介事業開発部門ダイレクター
司会 本日はお集まりいただきありがとうございます。さまざまな金属を接合する技術を持つ金属技研と、商用核融合装置を開発するスタートアップのヘリカルフュージョンの技術をあわせた高温超伝導導体の通電試験が2月に成功しました。開発秘話や日本企業による核融合への取り組みの意義などについて、金属技研の宇野毅さんとヘリカルフュージョンの久保洋介さんにお話いただきます。
両者の技術を“融合”した高温超伝導体
司会 まず、高温超伝導コイルとはどういうものでしょうか。
久保 当社は核融合発電でいちばん有力視されているプラズマを磁力で閉じ込める方式による開発を目指しています。磁場閉じ込め方式の中でもトカマク型とヘリカル型がありますが、当社は定常運転に向いているヘリカル型を追求しています。技術のカギとなるコイルには、高温超伝導導体を使う予定です。現在の核融合炉で用いられている低温超伝導体にくらべ、20度Cくらい高い温度域で動作でき、強い磁場の発生が可能です。核融合装置の小型化につながると注目されています。
司会 製造する際に工夫されたこと、ノウハウを教えてください。
久保 手がけている高温超伝導導体は当社の創業者である宮澤順一が発明しました。通常、セラミックを導体化しようとするとカチカチに固まって可動域が狭い形状になりやすいですが、独自の発想で曲げやすく可動域が大きい形状の導体にしています。曲げやすいだけでなく、高磁場をコンパクトに生み出すために重要な「高い電流密度」も実現しています。高温超伝導導体やコイルを核融合炉用につくっている企業は世界で3社ほどですが、当社は性能で引けを取りません。この曲げやすい高温超伝導導体が開発できれば、製作が難しいとされてきた核融合装置のコイル組み立てが大幅に簡単になり、業界にとっても画期的な技術と考えています。
宇野 いちばんの課題は形状自由度を確保することでした。高温超伝導体の素材はセラミックですごくもろく、線材にしても曲げることができません。核融合炉で高温超伝導体を使うためには大型・複雑形状に使える導体製作技術が必要になりますが、開発している導体はヘリカルフュージョンが提案した形状自由度の高い導体コンセプトと、金属技研が保有する金属のさまざまな加工・組み立て技術を駆使して実現しました。
久保 将来的な量産化をにらみ、革新的な手法を取り入れた設計にしており、効率よく製造できるように工夫しています。今回の製作では、形状自由度を高めつつ、機械強度も確保できるかどうかをシミュレーションしてもらいながら開発しています。今回のように工夫がいる設計を実機に反映して製作できているのは、金属技研のエンジニアリング力のたまものです。
宇野 ありがとうございます。当社は導体を作った経験がなく、ゼロから考えられたことも良かったと思います。与えられた要件をどう満たしていくかに、構造解析などにより評価したことが開発の成功につながりました。
核融合機器の製作実績を活用
司会 金属技研はこれまでも核融合プロジェクトでエンジニアリングとして貢献しています。
宇野 当社はろう付、拡散接合、溶接などのさまざまな金属同士の接合技術を得意としています。当社の強みは提案いただいた基本的な構想を、製作に落とし込んでいく技術力です。依頼品の形状、精度、組み立て方法、手順、加工方法などを総合的に提案できます。金属でのモノづくりで培ってきた幅広い知見で、ワンストップのソリューションを提供しています。その強みを生かして、ヘリカルフュージョンの出身母体である核融合科学研究所(NIFS)から、接合を中心とした核融合機器の製作依頼に対応していました。2010年に創設したエンジニアリング事業本部(現技術開発本部エンジニアリングセンター)では国際熱核融合実験炉(ITER)や、量子科学技術研究開発機構(QST)による核融合実験装置「JTー60SA」などの核融合機器の設計を手がけてきており、これまでにダイバータ、高周波加熱装置機器、超伝導コイルの冷却管などで実績を積んできました。これを踏まえて2020年にNIFSより引き合いをいただいた高温超伝導導体・コイル製作を引継ぎ、ヘリカルフュージョンとのプロジェクトにつながりました。
久保 高温超伝導導体は世界でも製造例が少なく、実用化が難しい技術です。開発から製作まで対応できる高度な技術力にくわえ、スタートアップと連携できる企業文化においても金属技研は定評があります。誰も経験がないテクノロジーの実装に一歩踏み出して、当社のようなスタートアップとともに開発いただけるのは本当にありがたいです。
好奇心で挑戦!
司会 技術開発本部は新しい事業につながる技術開発を行う部署ということですが、依頼を受ける基準は何でしょうか。
宇野 一つは面白そうかどうかです。高温超伝導導体の製作にあたり、ヘリカルフュージョンの宮澤順一共同代表取締役に直接ビジョンを聞きました。核融合炉が実現すれば二酸化炭素(CO2)を排出せずに莫大(ばくだい)なエネルギーをつくることができます。実現したらすごいこと、画期的なことに部署のメンバーは興味があります。新しい技術に挑戦するために、入り口をできるだけ広げて、情報を取ってきています。
久保 金属技研はアイデアを具現化する力が素晴らしいです。つくり込みの精度も高いレベルです。ほかの導体と比べると、洗練されていて見栄えも違います。また、製作するなかでの課題と、その解決策を、金属技研からたくさん提案してもらいました。一般的には、技術課題と対応策の整理は製作を依頼した側がするものですが、そこも共同で考えていただき、開発までのスピードが速まりました。
核融合の重要部品で市場に食い込む
司会 核融合分野で日本企業が果たす役割は何でしょうか。
宇野 これまで日本はダイバータ、ブランケットなどの耐高熱負荷・中性子機器、トロイダルコイル、ソレノイドコイルなどの超伝導体、プラズマ加熱機器などを開発してきました。これらの技術はITERやJTー60SAなどに使われ、核融合炉の実現に欠かせません。しかし現状は実験装置や実験炉の段階にすぎません。本体への組み込みや実験データをフィードバックし、性能面、コスト面でも商用炉に使える技術にブラッシュアップしていくことが日本の役割だと考えています。同時に新しい技術にも目を向け、開発を進めることが必要だと感じています。
久保 線材の素材の分野はフジクラなど日本のメーカーがリードしています。当社が実用機の開発を進めることで、素材と導体の両方を日本企業がカバーできるようになり、存在感を高めることができます。また、核融合において、学術研究と実験装置などのモノづくりで日本は世界トップクラスの実績があります。日本は世界でも唯一、「自国だけで核融合炉を製造できる」技術力があるとされるほどです。とくに金属技研に代表される専門性の高い機器の製作や、超伝導線材メーカーなど素材開発の分野で優れています。核融合炉は最先端テクノロジーの集合体ですが、サプライチェーンのあらゆる分野で日本企業の貢献が期待されています。日本企業の強いサプライチェーンを生かしながら、当社はそれらを一つのシステムとして統合する技術統合の分野でチャレンジしたいと思います。
2040年以降の商用核融合炉の稼働に向けて日本が取り組むべき課題とは
司会 今後の展望を教えてください。
宇野 高温超伝導体は大型かつ複雑な形状への適用に向け、製作・結合・組み立て方法の検討とモックアップを行っていくことになります。また、磁場が強くなれば電磁力を受ける強固な構造体が必要になり、小型化により炉内機器交換のために脱着できる導体接合部が必要になることも考えられ、課題を一つずつクリアしていかなければなりません。高温超伝導体技術は核融合炉のみならず、医療用MRIやモーター、変圧器などさまざまな分野へ広がっていくことを期待しています。
久保 高温超伝導導体の開発については2027年までに核融合に使える性能を確保できるように3段階で実証実験を進めています。現在、第1段階のテストが成功しました。さらに第2段階に向けて金属技研には高度な試験を想定した設計をお願いしています。2025年の初めに制作が完了する予定で、同年の上半期に試験を予定しています。その後早ければ2034年にも核融合発電を実証し、2040年以降に本格的な商業発電を実現する計画です。
司会 国や産業界に期待することは何でしょうか。
宇野 日本の研究開発は欧米などにくらべると必ずしも研究開発資金が潤沢ではありません。資金不足による開発スピードの遅れや研究者の海外流出などが大きな問題となり、国力低下にもつながりかねません。現在、核融合分野は注目されており、資金が集まりやすいのですが、限られた予算を効率的に使うために、国として守るべき技術を明確にし、資金投入していただければと思います。また核融合炉は総合力が問われます。日本は個々の企業が技術を持っています。国などが求心力を持って進めてほしいです。
久保 核融合エネルギーの実現は人類史のうえで大きな転換点となる可能性があり、世界各国が取り組むテーマです。日本にとっては、技術的優位性のある産業分野になりえますし、脱炭素化やエネルギー安全保障の観点からも重要です。ここ数年でゲームの流れが大きく変わり、国際競争が激しくなっていますが、しっかり優位性をつくり、資金や技術が日本に流入してくるうねりを実現できればと考えています。ヘリカル式を含む磁場閉じ込め型核融合方式とそのコア技術である超伝導は、とくに勝ち筋がある分野です。技術開発においては金属技研と当社でリードしていければと思いますが、国による資金支援や量産化に向けた産業界の協力も大いに期待しています。
司会 金属技研のエンジニアリング力とヘリカルフュージョンの柔軟な発想が合わさり、今回の高温超伝導導体が開発されたことがわかりました。核融合発電の実現が楽しみですね。本日はありがとうございました。