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【連載】基礎からわかる!MRJ(4)なぜ開発は遅れるの?

いまだ続く「産みの苦しみ」
【連載】基礎からわかる!MRJ(4)なぜ開発は遅れるの?

MRJ開発遅れの理由

 MRJ特別連載の4回目。前回までは(1)MRJの座席数や投入路線、(2)なぜ今、開発されているか、(3)「GTFエンジン」――を解説した。今回は「なぜ開発は遅れているのか」。

 飛行機の開発は、とかく泥臭いもの。三菱航空機はこれまで、大幅な設計変更や、型式証明の取得手続きの遅れなどによって、MRJの初飛行と納入開始の日程を計3回、延期してきた。つい最近、4月10日には、「機体の完成度を高めるため」だとして、4回目となる初飛行の延期を発表。納入のスケジュール(2017年4~6月)には影響しないとしている。しかし開発が決まった08年当初には13年の納入開始を計画していた。累計3年半以上の遅れとなる。

 新型旅客機の開発では、初飛行や納入日程の遅れが起きることは珍しくない旅客機は部品数が100万―300万点と自動車の100倍にもなるほか、航空会社に引き渡するまでに国の航空当局による認可も取得しなければならない。新型の飛行機を当初の計画通りに開発するのは、経験豊富な欧米の大手企業でさえ、非常に難しい。
 ましてや、MRJを開発する三菱重工業や三菱航空機にとっては、旅客機の設計自体が約半世紀ぶりとなる。設計や製造の現場では、日々新たな問題に直面し、それを乗り越えていく作業の連続だ。三菱航空機前会長の江川豪雄氏はこれを「産みの苦しみ」と表現する。MRJの過去の開発遅れと、その理由を追うと、同社の悪戦苦闘ぶりが見えてくる。

◆設計変更、型式証明の壁・・・「産みの苦しみ」を味わう三菱
 三菱航空機が一度目のスケジュール延期を表明したのは09年9月9日。この日、「MRJの最新状況説明会」と称して記者会見を開いた三菱航空機は、MRJの主翼材料を変えるなど大幅な設計変更を発表した。また、「設計作業の追加」が出るとして、MRJの初飛行を計画より約半年遅れの2012年第2四半期(4ー6月)、初号機納入を最大3カ月遅い14年第1四半期(1ー3月)にずらす、とも公表した。
 この発表で航空機業界を最も驚かせたのは、主翼の材料を当初計画していた「炭素繊維強化プラスチック」(CFRP)からアルミニウムに変えたことだった。
CFRPとは、炭素繊維に樹脂を含ませ、それを固めてつくる素材。炭素繊維複合材、あるいは単に複合材、カーボンなどと呼んだりする。CFRPは「鉄と比べて重さは4分の1、強度は10倍」とよく例えられ、航空機に採用すれば大幅な軽量化が期待できる。三菱重工業はボーイングの中型旅客機「787」向けにCFRP製の主翼を製造しており、技術的な蓄積も十分にあったため、MRJでも当初は主翼や尾翼など約3割にCFRPを用いる計画だった。
しかし、実際にCFRP製主翼の検討をしてみると、曲面など複雑な形状に使うためには金属の補強材も必要となり、「小型機では結果として重たくなる」ことが分かったのだという。確かに、カナダ・ボンバルディアが開発する150人乗りクラスの「Cシリーズ」では主翼にCFRPを用いているが、それよりも小型のブラジル・エンブラエル「E2」では、CFRP製主翼を採用していない。
 三菱航空機はこのほか、客室空間の拡大や、機体の前部と後部に分かれていた貨物室を後部に統合することなども決めた。一連の設計見直しによって初飛行や納入のスケジュールを遅らせることになった。
 この時点では、納入までのスケジュールに余裕があり、また航空会社の要望も加味した設計変更であったため、「開発遅延」というよりは単純に設計の見直しという意味合いが強いと受け止められた。三菱航空機は翌10年9月にはMRJの部品製造を開始。11年4月には、機体構造の組み立てを開始している。
しかし、部品や機体の製造を始めたことで対外的には順調に見えた開発だが、次第に「産みの苦しみ」が表面化してくる。

◆気付けば2度目の遅れ
 2回目の開発遅れでは、その理由は、
 ①製造工程の見直し及び確認作業に多大な時間を要している
 ②開発段階での各種技術検討に多大な時間を要している ――の2点だと説明された。少し間接的な表現となっている。

 まず①の理由は、11年に三菱重工業で起きた、MRJ以外の機体製造現場における規定違反の問題が影響している。同社の社内では「エッチング事案」などと呼んでいるが、ボーイング向けや防衛省向け機体の部品製造工程で切り粉を取り除く「エッチング作業」を、規定の時間よりも短縮するなどしていた。
 この問題で三菱重工は国土交通省から、航空法の規定にのっとって厳重注意処分を受けた。MRJとは直接関係がなかったものの、MRJの機体構造に使う金属部品の大半は同じ工場で製造していたので、部品の製造が遅々として進まなくなり、「製造工程の見直し及び確認作業に多大な時間を要している」ような状態が長く続いた。
 もう一つの理由である②については、技術的な問題だ。MRJは垂直尾翼や水平尾翼に使うCFRPについて、東レと共同開発した「A―VaRTM」と呼ぶ新しい成形法を用いる。従来の「プリプレグ」製法よりも強度があり、なおかつ複合材硬化炉(オートクレーブ)を使わなくてもよいため、生産コストを抑えられる。「MRJはこれらの先進技術を多く用いており、検証に時間を要している」などと説明した。
 ただ、この発表に至るまで、三菱航空機は数カ月もの間、迷走していた。4月25日の発表に先立つこと2カ月以上前の2月、シンガポールで行われた航空ショーの場で、同社は海外メディアからMRJの詳細な開発日程を厳しく問われ、スケジュールを延期する検討に入ったことを認めていた。関係者によれば、この時、親会社の三菱重工業には、三菱航空機から遅れに関する明確な説明が伝わっていなかった。グループ内では、MRJの開発日程を巡り、混乱が起きていた。
「一体、MRJの開発はどうなっているんだ」。三菱重工側が聞くと、三菱航空機からは「まだ報告できる事項がない」との答えが返ってきたという。同じ三菱グループの中でも、ほとんど連携が取れていなかった。その背景には、「2度目の遅れは許されない」という重圧があった。

◆3回目の延期は「型式証明」が壁に
 3回目のスケジュール延期は2013年8月22日。遅れの理由に関する三菱航空機の説明は、これまででの中でも特に“難解”だった。同社の発表文にはこうある。
「高い安全性と性能を備えた航空機の開発を確実に推進することを最優先に、時間をかけて設計・開発段階から安全性を担保していくプロセスの構築と装備品仕様の詰めに注力してまいりました。この結果、装備品の製造開始・納入時期に遅れが生じました」。

 発表文で直接触れられてはいないが、この時期、三菱航空機幹部の心の中には、常に「型式証明」(TC=タイプ・サーティフィケーション)という言葉があった。TCは、国の航空当局による、安全性に関する認証のこと。航空機という高い安全性が求められる製品を売り出すためには、国家による安全認証が必要になる。会見でも、同社の川井昭陽社長の口からは幾度となく、「型式証明」という言葉が聞かれた。

◆「未経験」の難しさ
 「故障しても飛ぶ」と例えられるほど、高い安全性が求められる民間旅客機。開発段階では機体全体から個々の部品に至るまで、衝撃に耐える力や耐雷性など、いわゆる「耐空性」を、実際の試験結果によって証明する必要がある。開発経験が豊富な欧米では、大小さまざまな事故が起きるたび安全基準も変わり、審査項目も複雑化する。航空当局とメーカーの双方に、開発のノウハウが蓄積されていく。
 日本は長らく旅客機の開発経験がないために、耐空性をどう証明するのかという「方法論」から出発する必要があった。三菱航空機の川井昭陽・前社長は当時、型式証明の取得作業の様子をこう表現していた。
 「目の前に、(機体の安全性などに関する)規定が書かれた紙が一枚あるとする。ではこれをどうやって証明するか、あるいは実機を使った試験をどう進めるのか。それは自分で考えるしかない」。
 MRJの部品点数は約95万点ある。三菱航空機には約1400人の従業員が働いているが、旅客機の型式証明を取るという意味では、経験を持つ人がほとんどいない。また、作る方も50年ぶりならば、審査する方も50年ぶり。国交省航空局も事情は同様だ。型式証明をどうやって取得するかという計画作りに手間取り、MRJの開発は遅れを繰り返している。

◆「完成度を高める」
 足元でも、MRJの開発は「産みの苦しみ」状態が続いている。2014年10月18日には、三菱航空機は機体開発の一つの節目である「ロールアウト」(機体の完成披露)の式典を開催。しかし、15年4月10日には、「初飛行後に予定していた改修作業の一部を初飛行前に実施し、完成度を高めて飛行試験に臨む」ため、4回目の初飛行延期を明らかにした。
 初飛行延期の記者会見で、三菱航空機の岸信夫副社長は、4度目の初飛行延期を「遅れではなく見直し」と表現。納期への影響はないと説明した。同時に、米国での飛行試験をハイペースで実施したり、することなどを強調したが、納期へのプレッシャーは再び強まっている。

◆一進一退
 MRJの遅れの要因を事細かに追いかけてきたが、総じて言えるのは、三菱航空機が、当初に想定していなかった問題に対処しているうちに、少しずつスケジュールに遅れが生じていることだ。「想定が甘いのでは」と言うこともできよう。しかし、三菱はその都度、生じた問題を解決して一歩ずつ進んでいる。
 このほど国内初公開されたホンダのビジネスジェット「ホンダジェット」も、開発スタートから足かけ30年以上の長期プロジェクトだ。旅客機の開発は、一進一退を繰り返しながら少しずつ進んでいくもの。決して、一筋縄で行くものではない。

(次回、第5回(最終回)は「MRJの夢」で締めくくります。5月4日(月)掲載予定)
ニュースイッチオリジナル
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
長文になりましたがMRJの開発遅延を解説しました。その都度、開発陣は苦渋の思いで延期を決めてきました。本当に、「産みの苦しみ」としか言いようがありません。

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