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物流を自社の「強み」にするヨドバシ、アスクル、そしてセイコーマートの戦略

<情報工場 「読学」のススメ#126>『アマゾン、ヨドバシ、アスクル…… 最先端の物流戦略』(⻆井 亮一 著)
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2024年問題の今、「攻め」の物流戦略を考える

 「2024年問題」が取りざたされてきたが、いよいよその2024年4月を迎えた。トラックドライバーの時間外労働規制の強化によって輸送能力の低下が懸念されるなか、連日のように対策に関する報道を目にする。ファミリーマートとローソンの共同配送など企業間の提携による輸送効率化、運送料の値上げ、またAIやアプリを活用した積載率向上や配送ルートの最適化などだ。

だが、2024年問題への「対策」と考えてしまうと、物流を「守り」のためのものとして扱いがちだ。しかし本来、物流戦略は、販売戦略、財務戦略といった企業戦略の一つである。自社の「強み」をつくるという「攻め」の姿勢で挑めば、新たな視点を得られるのではないだろうか。

物流戦略によって自社の強みをつくったり、差別化に成功している企業を取り上げて解説するのが『アマゾン、ヨドバシ、アスクル…… 最先端の物流戦略』(PHPビジネス新書)だ。表題の3社をはじめ、ファーストリテイリング、ウォルマート、コープさっぽろ、セイコーマートなど、さまざまな業種の先駆的で多様な物流の取り組みを紹介している。

著者の⻆井亮一さんは、EC事業戦略支援やマーケティング支援、EC物流コンサルティングなどを手掛けるイー・ロジット取締役会長。船井総合研究所、家業の光輝物流などを経て、2000年にイー・ロジットを創業。『顧客をつかむ戦略物流』(日本実業出版社)、『すごい物流戦略』(PHPビジネス新書)など多くの著書がある。

受注後、「早く届ける」ことのメリットとは

一般人にとって、もっとも身近な「物流」はEC(電子商取引)で購入した商品の受け取りだろう。何を買うにもECが当たり前になった今、消費者が購入先を決める際に重視するのが、商品自体の価格に加えて「送料無料」「即日配達」といった物流に関わるサービスだ。その意味でまず注目したいのが、ヨドバシカメラである。

⻆井さんは、ヨドバシカメラのすごいポイントの数々を指摘し、詳説する。なかでも画期的なものとして紹介しているのが同社のECサイト「ヨドバシ・ドット・コム」の「ヨドバシエクストリームサービス便」だ。都市部の住宅街では、赤い「X」のマークのついた車両をよく目にするので知っている方も多いだろう。全国送料無料、最短で即日数時間以内の配送を実現している。

ヨドバシエクストリームサービス便では、受注から5分でピッキング完了、30分以内での出荷が可能な体制を構築しているという。スピード配送は、コスト増のデメリットに目がいきがちだが、実は、受注後に早く届けることで在庫の保管コストや再配達が減るといったメリットもあるようだ。

そして同社は、現在も「1点から送料無料」を貫く。テレビや冷蔵庫の買い替えなど、数年に一度の大きな買い物だけでは顧客接点を維持できない。日常的に気軽に使ってもらうことで、大きな買い物の際にも購入先の選択肢に入れてもらえる。ヨドバシカメラの物流戦略は、顧客に選ばれ続けるための大きなアドバンテージになっているのだ。

「持続可能性」から考える物流の在り方

もっとも、過疎化や少子高齢化、さらには気候変動など社会課題の溢れる現代において、スピード以上に求められる要素がある。「持続可能性」である。その意味で、オフィス用品の通販を手掛けるアスクルの物流戦略は興味深い。

B2B専業だったアスクルは、2012年にB2C事業のLOHACO(ロハコ)をスタートした。消費者が、急がない荷物を配送日指定することでポイントの付与率があがる「おトク指定便」を設け、2023年から本格展開し始めた。考えてみれば、米や調味料のストックをはじめ、急がない荷物は意外に多い。地球にとっても、ドライバーにとっても、サービスが持続可能かつ消費者も満足できる形で展開されることが望ましい。

B2Cの物流は、都市部と過疎地の山間部では事情が異なる。1点から無料配送のサービスは、都市部では成立しても、山間部で成立させるのは難しい。しかし、だからといって必ずしも高い配送料を支払うのではなく、「おトク指定便」の考え方を応用して、近隣の住民と配送日を合わせるなどの効率化を図り、コストを抑える工夫は可能なはずだ。今後は、地域の実情や消費者のニーズに沿って、スピード、コスト、利便性、環境への影響など複数の留意点のバランスをとる物流が求められるだろう。

地域の持続可能性と言えば、北海道の地域密着型コンビニエンスストア、セイコーマートも紹介されている。セブン‐イレブンが道内の全179市町村中120に出店しているのに対し、セコマグループは175市町村にまで出店しているという。

セイコーマートは、一見採算が合わなさそうな場所であっても、例えばコミュニティバスの待合所の併設とその清掃業務を受託するという条件で出店したり、出店用地を地域住民が買い上げて紋別市に寄付し、その用地を無償でセイコーマートに提供するなど、臨機応変な対応でカバー地域を広げているという。これを実現できる背景にも、都市部と遠隔地で配送を分ける、店舗の在庫スペースを大きく確保して納品頻度を下げるといった物流戦略があるようだ。セイコーマートの物流戦略は、地域の持続可能性にまで影響していると言える。

大手であれ地域の企業であれ、物流戦略は、販売やマーケティング、DXなど全社を巻き込んで行うものであり、企業全体の戦略と不可分なことがわかる。これまで物流に無縁だった人も、2024年問題を、自社の強みとなる物流戦略について考える機会にしてみてはどうだろうか。(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

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『アマゾン、ヨドバシ、アスクル…… 最先端の物流戦略』
⻆井 亮一 著
PHP研究所(PHPビジネス新書)
208p 1,045円(税込)
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
ヨドバシカメラといえば、最近は池袋への大型店舗進出が話題になっているが、ECでは家電量販店のトップである強みをさらに伸ばそうとしている。2028年までに配送拠点を現在の4倍の100カ所に増やすという。2024年問題への対応としては、トラックドライバーなど配送スタッフの正社員化を進めており、アマゾンの個人事業主への委託とは対照的だ。一般的には、送料無料や当日配送を見直す風潮にあるEC業界の中で、逆張りとも言えるヨドバシの戦略には、今後も注視する必要がありそうだ。

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