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「古典」には今の時代だからこそ求められる価値がある

注目の心理カウンセラー、小倉広氏に聞く。小さな徳を積むことがブレない自分をつくる
「古典」には今の時代だからこそ求められる価値がある

小倉氏

 ―「古典」と「人間力」を結び付けています。
 「古典は古くさいイメージがある。でも、そこには今の時代だからこそ求められる価値がある。特に30、40代は人生の転機で、私もつらい4年間があり、ちょうどその時、古典に出会った。古典にはあらゆる課題に対応できる教えが詰まっている」

 ―最初に出会った古典は。
 「森信三先生の『修身教授録』。この書に影響を受けた経営者も多い。読むことは経験に光を当てることだと言っている。古典を読む目的は、『人は何のために生きるのか』という問い。森氏はその答えとして、天からもらった能力を存分に生かし切ること。そしてその能力を生かし切って誰かの役に立つこと。この二つの大切さを説いている。最初に読むべき一冊は? と聞かれたら、必ずこの本を薦めている」

 ―すぐに古典の世界を理解できたのですか。
 「いえ。全体像がなんとなく見えてきた時に、逆に気が遠くなった。『論語』などはあまりに難しく、とうてい読めないと。そんな時にある作家さんから、『一人で読めないなら、誰かと一緒に読めばいい』とアドバイスを受けた。そして読書会『人間塾』を立ち上げ、月に1回開催、もう全国で50回を超えている。課題本を決めて自分が話す必要がある。アウトプットの場を先に作ると、強制的にインプットしなければいけない。呼吸法もそうだが、吐いて吐いて吸うことを意識する。人生を変えるということは、習慣を変えること」

 ―古典を読んだだけでは何も変わらないということですね。
 「そう。次の日からハッピーになれるわけではないし、問題解決の方法が書いてあるわけでもない。言ってみれば筋力トレーニングのマシンのようなもの。自分でマシンを動かして初めて筋力がつき、習慣化されていく。読むことに置き換えるなら、まず本の中のキーワードを自分の体験とひもづけること。そうすると、書かれている内容をより立体的に理解することができる」

 ―古典で心を鍛えるために、何を重要視していますか。
 「小さな徳を積むこと。それを積み重ねることで自信につながり、ブレない自分をつくることができる。他者からの評価に動じなくもなった。今の日本は全体的に自己受容が低い。それが閉塞(へいそく)感にもつながっているのではないか。私が提案するのは老子の教えで要は『いいじゃない、今のままで』ということ。この対極が高い理想を掲げる孔子。『朝孔子、夜老子』の考え」

 ―そうは言っても人はなかなか自分の運命を受け入れることが難しいです。
 「アドラー心理学では『課題の分離』を大切にしている。自分のことを相手が好きになるか嫌いになるかは、相手の課題。相手の課題を背負いコントロールしようとするから苦しい。森氏は『今やっている仕事の近くに天命がある』と言っている。運命を受け入れると天命が見つかる」
(聞き手=明豊)
『ブレない自分をつくる「古典」読書術』(日刊工業新聞社刊)
<略歴>
小倉広(おぐら・ひろし、小倉広事務所代表取締役)
88年(昭63)青山学院大経卒、同年リクルート入社。ソースネクスト常務取締役などを務め、03年に現在の会社を設立。組織人材コンサルタント、アドラー派の心理カウンセラーを務めるかたわら、無料の勉強会「人間塾」を主宰。著書は30冊以上でアジアでも翻訳されている。新潟県出身、50歳。
日刊工業新聞2016年3月28日books面
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
偉大なエンジニアや科学者ほど哲学の教養を持っている。ジョブズの禅は有名であり、ソニー創業者の井深さんも「心の教育」に熱心だった。小倉さんも「物理学は般若心経と同じと聞いたことがある。アプローチは違っても根源は同じではないか」という。そしてビジネス書が対処療法なら、古典は体質改善法だという。まずは一冊。

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