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ビジネスメールの挨拶に隠れたテクニック

雑誌『機械技術』連載 ビジネス会話改造論
 書店に行けば、ビジネス会話に関する本が山のようにある。どれを選んでいいのかわからず、本の山の中で迷子になってしまいそうだ。インターネット上にもビジネス会話の情報ページが溢れている。どれを信用していいのかわからず、ネット情報の海の中で溺れてしまいそうだ。いずれにせよ、ビジネス会話は遭難案件なのだ。
 ビジネス会話というものを教えてもらう機会は多くない。多くの人が、社会人になって先輩あるいは先方のやり方を見て、なんとなくその真似をして覚えていく。だから、「よく考えれば、なんでそうやってるのだろう」ということがあるし、「そもそも、この言い方でいいのか?」と疑問に思うものもある。ビジネス会話というものは、煎じ詰めれば「で、それは儲かるのか?」になってしまう。それではあまりに味気ない。
 そこで、遠回しに当たり障りのない表現を選び、相手に配慮し、ときに煙に巻き、さらにこっちの思惑も曖昧にし……、とお互いが二重三重に「儲かるのか?」色を薄めていく。薄めたあげく、相手の真意が掴めず、ときに自分の言ってることすら意味不明になってしまうケースもある。あまり直截的でなく、といってあまり遠回しでもなく、ほど良いビジネス会話はないものか? そこで、日刊工業新聞社の大ベストセラー「日本列島改造論」にあやかって、「ビジネス会話改造論」を考えてみたい。
 初回は、最もよく目にするメール定型文のビジネス会話だ。

ビジネスメールは、たいていの場合、相手が書いてきたものを見て「ああ、そうするものなのか」と思い、真似をして返信する。メールはタダだ。しかも簡単にコピーアンドペースト(コピぺ)ができる。なので、日本中で膨大な回数が繰り返された。その途中で誰かが新しい文言を挿入し、あるいは別の誰かが違う言い回しを加えていく。

紙のコピーは繰り返せばだんだんエッジが腐ってくる。DNAの複製ミスは病気を誘発するという。同様に、メールのビジネス会話にも、ふと考えると「?」な表現が混ざり込んでくるのだ。

お世話:曖昧ワードは「お通し」に通ずる

ビジネスメール冒頭は、たいてい「お世話になっています」で始まる。しかし、この「お世話」とはなんだろう? 日常よく使うのは「子どもの世話をやく」、「病人のお世話をする」などで、面倒を見るとか気を配るなどの意味。「お世話さま」は感謝の意味だ。この言葉は曖昧で、なんとなく無償の好意を感じさせ、あまりビジネスの匂いがしない。

それが狙いなのだ。「儲かる/儲からない」の生々しい話を「お世話する/される」という曖昧な言葉に変換することで、ゼニ勘定感が薄まる。ではこの「お世話」はタダなのかと言えば、あとでちゃんと金銭に換算される。なんだか、居酒屋の「お通し」システムに似ている。

いつも ~ なっております:親密度強調の係り結び

「いつも」とは、「普段」、「日常的に」という意味だ。メールの送り手と受け手の間に、そういう慣れ親しんだ関係性があるという前提での言葉。とはいえ、二、三度やりとりしただけで「いつも」と言っていいものか?バーに行って「マスター、いつもの」と注文したところ「いつものって?」と聞き返されると、大変恥ずかしい。そもそもこっちは常連客だと思っているのに、先方にそう認識されていない場合だってある。「いつも」は発信側と受信側に親密度認識の違いが生じやすい言葉なのだ。

ときに、新規のやりとりなのに平気で「いつも」を使ってくる人もいる。メールの挨拶は簡単にコピペできるから、定型化してくるともはや誰もそれを読んでいないのだ。私は「初メールなのに『いつも』だなんて、この人、常識がないなあ」と思っていたが、最近になって「いや、実はそんなこと承知のうえなのかもしれないぞ」と気がついた。

仕事は新規取引が一番難しい。人は、過去に実績のある相手だと安心するものだ。そこで、「いつも」と書くと相手がうっかり「以前から関係があったっけな」と錯覚してくれるかもしれない…という高度な戦略なのではないか?
 「いつも ~ なっております」は、お互いの親密度を強調し、あるいは過去実績偽装の可能性もある係り結びテクニックなのだ。

引き続き:関係を続けるために

ビジネスの関係は続いていることが大事。人はどうしても「いつも」の相手と仕事をするからだ。そこで締めのあいさつには、「今回は終わりましたが、次もありますよね?」の場合は「今後とも」という継続テクニック、「案件はまだ終わってないですよ」を強調する場合は「引き続き」という維持テクニックが使われる。

【改造案】
いつも、「いつも」とは限らない。新規のときは「はじめまして」の方がいい。
【魔改造案】 
継続・維持テクニックをさらに強化すると、こうなる。
「引き続き、今後とも、未来永劫、よろしくお願いいたします」

<著者略歴>
藤井 青銅(ふじい・せいどう):作家、脚本家、放送作家、作詞家。1955年山口県生まれ。「第一回星新一ショートショートコンテスト」に入選。以降、作家兼脚本家・放送作家になり、ラジオ番組「夜のドラマハウス」、「オールナイトニッポン・スペシャル」、「NHK FM青春アドベンチャー」などの製作に携わる。現在製作に携わるのは「オードリーのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)。腹話術師のいっこく堂の脚本・演出、プロデュースも担当した。著書に「国会話法の正体」(柏書房)、「一芸を究めない」(春陽堂書店)、「『日本の伝統』の正体」(新潮社)、「トークの教室」(河出書房新社)など。
Xアカウント:@saysaydodo

<雑誌紹介>
雑誌名:機械技術 2023年10月号
判型:B5判
税込み価格:1,540円

<販売サイト>
Amazon
Rakuten ブックス
Nikkan BookStore

<特集>小物部品への微細加工技術
医療・治療器具や精密治具、試作開発品の製造方法である微細加工技術。特集では、切削やレーザでの微細加工時に特有の現象や加工の再現性を確立するためのポイントなどの基本を確認するとともに、工作機械や工具、測定といった加工に必要な要素技術の動向を解説。また、それらを効果的に運用し、独自の微細加工技術を確立している現場の取組みも紹介する。経験や勘から脱却し、微細加工技術を高度化するために必要な視点を示す。

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