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iPS細胞・臨床応用へ前進

新段階迎える再生医療。「他家移植」視野に細胞ストック本格化
iPS細胞・臨床応用へ前進

臨床研究の1症例目のAMD患者由来iPS細胞(理研・先端医療振興財団提供)

 近未来の医療から実現可能な治療法へ―。iPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製から10年という節目を機に、再生医療が新段階を迎えている。17日から19日にかけて大阪市内で開かれた第15回日本再生医療学会総会では、早期実用化を視野に入れた研究成果の発表が相次いだ。患者自身の体性幹細胞を用いた臨床研究や治験に加え、iPS細胞やES細胞(胚性幹細胞)といった万能細胞を使った移植療法の準備も進んでいる。

 「難病に苦しむ患者さんに、できる限り早く再生医療による治療を届けるようにする」。同学会の理事長で大阪大学大学院医学系研究科長の澤芳樹教授は、治療に役立てていく考えをあらためて強調した。総会に先立ち発表した「OSAKA宣言2016」でも、「治験」と「臨床研究」との両輪体制で治療法の早期実用化を目指す方向性を示している。

 同学会で会長を務める阪大医学系研究科の西田幸二教授は「治験と臨床研究の両方をうまく組み合わせることで、治療法の実用化までの最適な道筋ができる」と説明する。京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の山中伸弥所長も臨床研究を重視する考えを示しており、再生医療の実用化への道のりがスムーズになると期待される。

 欧米に先んじられているモノのインターネット(IoT)やAI(人工知能)技術とは対照的に、再生医療では「日本は世界をリードする立場にある」(文部科学省の冨岡勉副大臣)との意見は少なくない。世界に先駆けてiPS細胞を作製した技術的優位性を今後どのように産業化へ結びつけていくか。産学官連携による体制構築が、大きなカギを握りそうだ。

全疾患に適用へ


 CiRAの山中所長によるiPS細胞の作製成功は、再生医療の研究を劇的に進展させた。阪大の澤教授が「学会の発足当初は、基礎研究の発表がほとんどだった」と振り返るように、わずか10年で研究は大きく様変わりしている。現在は、脊髄損傷やパーキンソン病などあらゆる疾患に適用するための研究が進む。中でも、臨床応用に向けて先陣を切ったのは「眼」の疾患の治療だ。

 2014年9月、理化学研究所多細胞システム形成研究センター(理研CDB)の高橋政代プロジェクトリーダーは加齢黄斑変性(AMD)患者にiPS細胞から作製した網膜色素上皮シートを移植。iPS細胞を使った世界初の臨床研究事例となった。この時の手術は患者由来のiPS細胞を使う「自家移植」。高橋プロジェクトリーダーは次の段階として、他人由来のiPS細胞による「他家移植」の準備を進めている。

 自身の体細胞からiPS細胞を作る自家移植は、移植しても免疫反応などのリスクが低い。だが、患者由来のiPS細胞から組織を作るには半年以上を要し、コストもかさむ。

10年後90%補填


 研究者の多くが有望視しているのは、あらかじめiPS細胞を準備して対応する他家移植だ。他家移植の臨床研究に向け、CiRAが主導する「再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト」が昨年、本格的に動きだした。HLA(ヒト白血球抗原)という細胞の型をドナーと患者で合わせれば免疫反応を抑え、安全に移植できる。現状では日本人の約17%をカバーできるHLAのiPS細胞をストックしており、今後10年で日本人の80―90%のカバーを目指す。

 高橋プロジェクトリーダーは、浮遊培養液を注射する移植法も検討中。「16―17年に他家シート移植と、自家および他家浮遊培養液移植の臨床研究を実施したい」としている。

 角膜移植の臨床研究を目指す動きもある。阪大の西田教授は、ヒトiPS細胞から眼の組織全体の基となる細胞を発現する2次元細胞組織「SEAM」を作製し、立体的な角膜上皮組織の再現に成功。ウサギへの移植で視力の回復機能を確認した。16年度内に臨床研究を申請する予定だ。

 “日本発”のiPS細胞による臨床研究で世界をリードする日本の再生医療。近い将来の実用化を目標に掲げ、着実に歩みを進めている。
(文=川合良典)


日刊工業新聞2016年3月24日・25日 科学技術・大学
斉藤陽一
斉藤陽一 Saito Yoichi 編集局第一産業部 デスク
 移植しても拒絶反応の少ないiPS細胞を効率良くストックするため、CiRAは京大医学部附属病院や日本赤十字社、日本骨髄バンクなどの機関・事業との連携を進めています。各機関・事業はHLA情報をそれぞれの目的で調べており、連携を通じて拒絶を起こしにくいHLA型を持つドナーを効率的に見つけ出そうというわけです。

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