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ゴーン・日産16年目の理想と現実~ボスの退任がすべての始まり(後編)

2006年に掲載した連載「日産とNISSAN」を振り返る。経営者の成熟か、それとも保身か?
 いったいカルロス・ゴーン社長は、日産自動車、仏ルノーのトップをいつまで続けるのか。今の日産とルノーが変わるとすれば、トリガーはゴーン氏の退任しかない。まず日産の最高経営責任者(CEO)の定年は事実上ないに等しい。ルノーはもともと65歳。ゴーン氏は現在61歳で、現在の任期が切れる2018年に64歳になる。64歳で再任された場合は、任期を全うする68歳まで定年を延長できるため、最大2022年まで、ルノーと日産のトップを続けられるということだ。

 ゴーン社長は「株主が判断すること」と話すが、もちろんやる気は十分だろう。そこで焦点になるのが、ルノーの筆頭株主である仏政府の意向。サルコジ前大統領とは比較的良い関係を築いていたが、現在のオランド大統領との関係ははっきりしない。とにかくルノーの業績はぱっとせず、「ここ数年はマネジメント層のモラルハザード(倫理の欠如)が著しい」(ルノー内部に精通する関係者)」。

 仏政府がゴーン氏の「クビを切る」という可能性もなくはない。ゴーン氏がルノーのトップを辞めた時に、日産の経営陣、株主はどう動くか。ルノーと完全に袂を分かつのはもはや難しい。以前、大前研一氏は紙上などで、「日産によるルノーの逆買収」を提案したことがある。ただ日産の役員会で提案しても、日産株の43.4%をルノーが保有している状況では委任状争奪戦で勝つのは難しい。
 完全な合併よりは、両国政府がうまく話し合いながら、両者を傘下に置くホールディング・カンパニーの方が現実的かもしれない。日産側の株主がマジョリティーを持つように制度設計することも可能だろう。

 2015年3月期はトヨタ自動車に限らず富士重工業なども営業利益率10%を達成する見込みである。日産は現在の中期経営計画『パワー88』で2017年3月期に営業利益率8%、世界シェア8%を目指しているが、先行勢に比べ大きく見劣りする。しかもゴーン社長は今の目標を堅持する考えだ。2006年の「日産とNISSAN」の連載当時と、ゴーン社長の大言壮語ぶりや野心家の顔は変わっていない。変わったとすれば数字への「コミットメント(必達目標)」が非常に甘く、保守的になったことだろう。これを経営者の成熟というのか、それとも保身というのか―。

「日産とNISSAN~ゴーン流8年の理想と現実(3)」

 6月27日の日産自動車の株主総会。カルロス・ゴーン社長は「今年度の国内販売は80万台から(計画の)84万6000台の間になる」と発言し、2005年度の決算発表で示した見通しを、事実上2カ月で下方修正した。

 06年度上半期(4―9月)の国内販売は前年同期比16・9%減の34万9697台。年間80万台もおぼつかないペースだ。前年同月割れは、9月でちょうど12カ月連続になる。前中期経営計画「日産180」の一つとして、05年9月までの1年間に世界100万台増販を掲げた目標を達成し、その反動は予想されたが「(落ち込みは)想定を超えている」とCOOの志賀俊之はいう。

 だが、振り返れば日産の国内販売は、ゴーンがCEOに就任した01年度の71万4000台を底に、04年度までは着実に台数とシェアを広げてきた。日産180が終了し、“台数至上主義”から“利益重視主義”へと転換する中、05年度も微減にとどまっている。

 ゴーン自ら販売店を行脚し、問題点をあぶり出してきた国内販売は、実際にはじわじわと体力を付けてきている。半面、計画数値に対して度重なる下方修正を繰り返してきたのも事実だ。ここ数年、販売台数は伸ばしながらも、計画未達を理由に立て続けに国内営業担当役員が交代した。04年3月末に国内販売担当常務だった北洞幸雄(現ファルテック社長)と、マーケティング担当常務の富井史郎(現福岡日産社長)が、05年3月末には北洞の後を継いだ副社長の松村矩雄(同日産プリンス大阪販売社長)がそれぞれ日産を離れた。3人の人事は、台数のコミットメントを達成できない国内販売に対するゴーンのいら立ちを象徴した。

 「なぜ、損をすることをやるのですか? 利益に対するコミットメントをどう考えるのですか」。日産ネットワークホールディングス社長の佐藤明は今、各販売会社の首脳にこう訴えかけている。日産は05年4月、かねてゴーンが「ブルー(ステージ)とレッド(ステージ)の違いが分からない」と指摘してきた販売2チャンネルを、全車種の併売化で事実上統合した。そして今年7月、佐藤率いる連結52販社の資産統括会社、日産ネットワークを設立した。販売改革第2幕の幕開けだ。

 ある販社の社長は「日産180で売る力はついた」と言う。日産は全社を挙げて現中計の「日産バリューアップ」で掲げる「投下資本利益率(ROIC)20%以上」に挑む。日産180では、増販目標をクリアするために値引き販売を繰り返し、自らの首を絞めて経営が悪化した販社も少なくない。台数ノルマに憶病になった販社経営陣の意識を利益重視に転換するため、ゴーンは直営の全販社に07年3月期の黒字必達を通告。甘えを完全に断ち切り、赤字販社には社長交代も迫る。信賞必罰の人事を見てきただけに、販社側も日産の本気を嗅ぎ取っている。

 ただ、佐藤が「赤、青関係なくなった時点で手を打つべきだった」と言うように、国内自動車市場はガソリン高で一気に小型車シフトが進み、少子化で需要は冷え込む。今だ隣接するブルー、レッドの両店が競合するケースも見られる。今年度を捨て石にする覚悟で臨む販社の選別作業や出店形態の見直しに、遅れは許されない。(敬称略)

「日産とNISSAN~ゴーン流8年の理想と現実(4)」

 日系自動車メーカーの世界的な好調を背景に業績拡大が続く国内部品業界にも、このところの日産自動車の不振が影を落とし始めてきた。

 日産系最大の部品メーカーであるカルソニックカンセイの2006年度第1四半期(4―6月)は、各利益項目で前年同期を約60%下回る大幅減益。売上高の7割が日産向けの鬼怒川ゴム工業も、経常損益は赤字に転落。ともに日産の販売不振に、原材料高が追い打ちをかけた格好だ。販売減がもろに響いた日産車体は10月、06年9月中間の業績予想を売上高で10%超、経常利益と当期利益は40%超、それぞれ当初見込みからの下方修正した。

 06年上半期(1―6月)は、05年9月までに100万台の販売増を狙った経営計画「日産180」の反動や、新車投入の端境期にあたることから「販売減を予想していた」と社長のカルロス・ゴーンはいう。だが部品メーカーにとって、その落ち幅は予想以上だった。さらに、日産が国内販売の不振を補うために、他メーカーからOEM(相手先ブランド)調達する軽自動車に力を入れる動きも、その恩恵をほとんど受けない直系部品メーカーにはボディーブローとなっている。

 影響は直系以外にも広がる。トヨタ向けが主力の独立系部品メーカー社長も「うちも日産との取引があり、業績に少なからず影響が出ている。何とか頑張ってもらいたい」と打ち明ける。

 こうした状況は部品メーカーの“日産離れ”に拍車をかける可能性がある。実際に99年の「日産リバイバル・プラン(NRP)」以降、系列を離れた部品メーカーは、トヨタやホンダなどとの取引を拡大してきた。シート大手のタチエスは現在、売上高の4割強をホンダ向けが占める。また日産車の約6割にランプを提供する市光工業は、05年度のトヨタ向け売上高が日産向けを上回った。

 旧日産圏の部品メーカーの多くは、まだ日産依存度が高いものの、現在のような状況が続けば、「海外進出や新技術提案などで、他の自動車メーカーを優先する事態が起こりかねない」と野村証券企業調査部自動車グループアナリストの桾本将隆は警鐘を鳴らす。

 その背景には、日産が仏ルノーと進めてきた共同購買に対する部品メーカーの“戸惑い”もあるようだ。共同購買会社「ルノー・ニッサンパーチェシングオーガニゼーション(RNPO)」について、あるエンジン部品メーカー社長は「ルノー色が濃い」と指摘する。「RNPOがどう考えているのか、不安に思っている日本の部品メーカーは多い。日系メーカーのように、部品メーカーと成功を分かち合おうという気持ちがあるのだろうか」と続ける。

 「技術の日産」を標ぼうしてきた日産。環境技術などで部品単位の技術革新がますます重要になる中で、部品メーカーの日産離れが進めば、その土台は崩れることになる。NRPからまもなく7年。日産のサプライヤー戦略は岐路に立っていると言えるだろう。(敬称略)

「日産とNISSAN~ゴーン流8年の理想と現実(5)」

 今春。カルロス・ゴーンは記者団を前に「近いうちにインドへの進出計画を披露できるでしょう」とほほ笑んだ。ところが計画には隠し球があった。スズキへの接近だ。
 
 「こちらから提携拡大をお願いした」―。6月2日に行われたスズキとの共同会見。いつも慎重な言い回しが多い最高執行責任者(COO)の志賀俊之は、率直に質問に答えた。スズキとの交渉では志賀の役割は実に大きい。つい先日もスズキ会長の鈴木修がインドで発言した内容が、日産の経営戦略に踏み込むものだったためメディアで大騒ぎになった。すぐに現地の鈴木から志賀へ電話があり、ことの経緯の説明があったという。特に日本メーカーとの協業では、日本人同士の方が意思疎通が図りやすい。

 直系販売会社のある幹部は、日産自動車の経営の“変節点”を「ゴーン氏がルノーのCEO(最高経営責任者)を兼務するようになった時」と指摘する。単にゴーンが時間的な制約を受けるようになっただけではない。

 中期計画「日産バリューアップ」での最大のコミットメントが、08年に世界販売台数420万台の達成。過去の中計では公表していた地域別の内訳を明らかにしていないが、日産にとって増販の稼ぎ役は新興市場。ところがルノーも成長に向け新興市場への攻勢を強めている。以前から1人のCEOが仕切る両社への利益相反リスクを指摘する声は多い。

 「営業利益率10%はコミットメントなのか?」―。03年秋。ソニーの社外取締役を務めていたゴーンは取締役会で、ソニー会長の出井伸之(当時)ら経営陣に詰め寄った。昨年実行されたソニーの経営刷新。同社の幹部は「ゴーンさんら社外取締役の圧力がなかったといえばうそになる」と証言する。

 現在、日産には9人の取締役がいるが、事実上の社外役員はいない。ゴーンはもともと社外からの登用に否定的とみられるが、米ゼネラル・モーターズ(GM)との提携交渉では、GMの大株主であるカーク・カーコリアンやその側近であるGMの社外取締役をテコにしたのは何とも皮肉だ。

 社外取締役の有無より、今の日産にゴーンの手法に対し時には苦言を呈したり、ブレーキ作動する企業統治の仕組みがあるのかが不透明。結局、GMとの提携構想は破談したが、その過程で良くも悪くもゴーンの存在感の大きさだけがあらためて浮き彫りになった。

 「フォードとマツダの関係は非常に安定している。日本で仕事ができたことをうれしく思う」。フォードのアジア担当副社長に栄転したマツダ副会長のジョン・パーカー。この3年、二人三脚でマツダ再建にあたってきた社長の井巻久一は、彼の別れのあいさつを感慨深げに聞いていた。同じ外資の傘下にありながら、マツダと日産の企業統治のあり様は異なる。

 ゴーンと因縁が深いソニーも、外国人CEOに再建を託した。ハワード・ストリンガーは月に一、二度来日するだけで、電機部門は社長の中鉢良治が指揮しているが、複合企業ゆえソニーもまた「SONY」との折り合いに苦労している。

 ルノーのルイ・シュバイツァーがゴーンを日本に送り込むと決めた時点で、「日産」と「NISSAN」が生み出されるのは必然だったのかもしれない。二つの「ニッサン」がハーモニーを奏で、成長に向け再びドライブする次の必然は何になるのだろうか―。(敬称略)(おわり)




日刊工業新聞2006年10月2―6日の連載を元に一部加筆・修正
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
ゴーン社長に対し批判も多いが、会って話すと結構茶目っ気があったりして、人として嫌いになれない。ここまでやってきたのも単なる恐怖政治だけでなく、なにかしら人を引きつける魅力があるからだろう。長く経営トップの座にとどまることが悪いわけではない。ではスズキの鈴木修会長兼社長は、いったい何年やっているのか。しかし冷静にみても、今の日産とルノーの関係はいびつだ。その結節点がゴーン氏だけなら、これからの自動車業界のカオスを生き抜いていけない。

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