司法が止めた原発再稼働。試される関電、関西経済、そして政府
高浜停止が問うもの。一定比率の原発を保持するために何をすべきか
関西電力は14日、高浜原子力発電所3、4号機(福井県高浜町)の運転を差し止める仮処分を決定した大津地方裁判所に対して、執行停止と保全異議を申し立てた。
仮処分の決定は関電の主張を踏まえていないと強調し、資料不十分と指摘された点は、提出済み資料を不当に無視しているとの見解を示した。
最短で再稼働が可能になるのは、仮処分の執行停止申し立てが認められた場合。2015年4月の福井地裁による運転差し止めの仮処分決定後、執行停止が却下されたのは約1カ月後だった。
運転中の原子力発電所を司法が止める―。9日午後、大津地方裁判所による仮処分決定の一報で、関西電力には衝撃が走った。万が一の事態も想定していたが、受け止めは「まさか」の一言に尽きた。10日には営業運転中の高浜原発(福井県高浜町)3号機が原子炉を停止。11日には電気料金の引き下げ断念を表明した。原発の再稼働で明るい兆しが見え始めていた関電、関西経済に暗雲が漂ってきた。
関電は原発再稼働を経営の最重要課題として全力を投じてきた。4期連続赤字、2度の料金引き上げからの反転を描いた全シナリオの前提が原子力電源の復帰だった。
関西経済への影響も計り知れない。電力多消費工場から中小零細に至るまで全国で一番高い料金に苦しみながら、安い水準に戻ることを期待していた。再び電力供給に不安を抱える“節電の夏”もやってくる。関電は14日、大津地裁に仮処分の不服を申し立てた。最短の再稼働シナリオは執行停止が認められた場合だが、認められない場合は前例を見る限り、異議審の長期化は免れない。
高浜3号機が発送電を再開した直後の2月4日。関西経済連合会の森詳介会長(関電会長)は、京都市で開いた関西財界セミナーのあいさつに立った。参加した多くの経営者を前に「できるだけ早く皆さまの期待に応えられるよう検討している」と早期の電気料金引き下げを力強く示し、関電への支援継続を求めた。
関電の電源構成は、東日本大震災前後で大きく変化した。燃料費は2011年3月期に3874億円だったのに対し、15年3月期は1兆1865億円。原発代替の火力燃料費がかさみ13、15年と2回の料金転嫁に至った。
高浜3号機が営業運転を始めた2月26日、八木誠社長は「燃料費の収益改善効果を顧客に還元する」と述べ、5月1日の料金引き下げを発表。しかし、表明から2週間で撤回を余儀なくされた。
ただ実際に顧客が払っている電気料金は、原油価格の大幅下落が燃料費調整制度に反映され、家庭向け低圧分野は昨年の料金引き上げ前よりも安い。それでも大手10電力会社で一番高い水準に変わりなく、地域間競争の足を引っ張っている。
2月上旬、関電幹部は「2基動けば当面の需給は大丈夫。今夏は節電を要請しなくてすみそうだ」と安堵(あんど)の表情をみせた。高浜3、4号機の出力は各87万キロワット。夏のピークで2500万キロワット程度の管内需要に約180万キロワットの24時間安定供給を見込めるベースロード電源が計算できた。
現在、関電管内の電力需給は安定しているように見える。だが、これを支えるのは老朽火力だ。もともとミドル電源として需給調整に使ってきた重油や液化天然ガス(LNG)の火力発電が主力。複数の管内火力発電所は定期検査を震災特例で延期しており、突発事故の不安を抱える。
昨春、関電最大の姫路第二火力発電所(兵庫県姫路市)全号機が営業運転を始めた。原発のない夏の電力需給の切り札として期待されたが、シーズン入りを前にトラブルが発生し全基が停止。約290万キロワットが離脱し、綱渡りの供給力確保で乗り切った経緯がある。
11日に電気料金引き下げの延期を発表した岩根茂樹副社長は「最大限の経営効率化を行っており、コスト削減だけでは値下げできない」と理解を求めた。
関電は、月100億円の燃料費差益が生じる高浜2基で経営基盤の回復を狙った。小売り全面自由化で草刈り場となる首都圏低圧市場への参入よりも、管内電気料金是正と供給力確保が先としていた。
すでに今期5期ぶりの黒字転換を確実にしているが、その多くは原料価格の下落を料金に還元するまでの時間差で生じるスライド益によるものだ。岩根副社長は次期の見通しを「できる限りの効率化で、黒字化を目指したい」と話すが、原発稼働なく現実は厳しい。
4期連続の赤字で、関電の財務基盤は激しく毀損(きそん)している。幸運にも原油安が恵みを運んだが、火力に過度なまで依存する電源構成の改善は不可欠だ。短期的に望めない現状は“経営危機”の再来と言っても過言でない。
次期社長候補の1人とも目される岩根副社長は「危機を乗り越えてこそ企業の継続性が担保できる。乗り越えるべき危機だ」と力を込めた。打開策を見いだせなければ、再値上げも俎上(そじょう)に上がる。
八木社長は5月に計画していた値下げについて「小売り自由化とは関係がない」と断じていた。だが価格競争力を強めて新規参入組に対抗する戦略であったことは否めない。岩根副社長も「値下げできない状況は非常に厳しい」と打ち明ける。
競合他社にとっても高浜原発の運転停止は予想外の展開だ。大阪ガスの本荘武宏社長は10日、次期経営計画を発表した席で「関西のエネルギー事情に大きな影響がある。注意して見たい」と述べた。
電力小売りの全面自由化に伴う関電管内の顧客争奪戦は、関電が料金引き下げを提示した後に本格化するとみられていた。新規参入組も「値下げすれば追随する」と出方をうかがっていた。このため価格競争が起きにくくなるとの懸念もある。
「前垂れかけの精神で」。彌園豊一常務執行役員は3日、都内で講演し、自由化に臨む関電をこう表現した。顧客の役立ちを追求する姿勢は、商都大阪の土地柄によるものだ。
香川次朗副社長は14日、堺市の下水再生水利用プロジェクト発表で「スマートコミュニティーなど、町づくりの役に立っていきたい」と意欲を示した。工場立地など企業活動支援や、各種地域への貢献を通じて関電と関西経済は一蓮托生(いちれんたくしょう)にある。
(文=大阪・小林広幸)
仮処分の決定は関電の主張を踏まえていないと強調し、資料不十分と指摘された点は、提出済み資料を不当に無視しているとの見解を示した。
最短で再稼働が可能になるのは、仮処分の執行停止申し立てが認められた場合。2015年4月の福井地裁による運転差し止めの仮処分決定後、執行停止が却下されたのは約1カ月後だった。
関電、料金引き下げ撤回
運転中の原子力発電所を司法が止める―。9日午後、大津地方裁判所による仮処分決定の一報で、関西電力には衝撃が走った。万が一の事態も想定していたが、受け止めは「まさか」の一言に尽きた。10日には営業運転中の高浜原発(福井県高浜町)3号機が原子炉を停止。11日には電気料金の引き下げ断念を表明した。原発の再稼働で明るい兆しが見え始めていた関電、関西経済に暗雲が漂ってきた。
関電は原発再稼働を経営の最重要課題として全力を投じてきた。4期連続赤字、2度の料金引き上げからの反転を描いた全シナリオの前提が原子力電源の復帰だった。
関西経済への影響も計り知れない。電力多消費工場から中小零細に至るまで全国で一番高い料金に苦しみながら、安い水準に戻ることを期待していた。再び電力供給に不安を抱える“節電の夏”もやってくる。関電は14日、大津地裁に仮処分の不服を申し立てた。最短の再稼働シナリオは執行停止が認められた場合だが、認められない場合は前例を見る限り、異議審の長期化は免れない。
一番高い料金水準
高浜3号機が発送電を再開した直後の2月4日。関西経済連合会の森詳介会長(関電会長)は、京都市で開いた関西財界セミナーのあいさつに立った。参加した多くの経営者を前に「できるだけ早く皆さまの期待に応えられるよう検討している」と早期の電気料金引き下げを力強く示し、関電への支援継続を求めた。
関電の電源構成は、東日本大震災前後で大きく変化した。燃料費は2011年3月期に3874億円だったのに対し、15年3月期は1兆1865億円。原発代替の火力燃料費がかさみ13、15年と2回の料金転嫁に至った。
高浜3号機が営業運転を始めた2月26日、八木誠社長は「燃料費の収益改善効果を顧客に還元する」と述べ、5月1日の料金引き下げを発表。しかし、表明から2週間で撤回を余儀なくされた。
ただ実際に顧客が払っている電気料金は、原油価格の大幅下落が燃料費調整制度に反映され、家庭向け低圧分野は昨年の料金引き上げ前よりも安い。それでも大手10電力会社で一番高い水準に変わりなく、地域間競争の足を引っ張っている。
火力限界、電源構成の改善不可欠
2月上旬、関電幹部は「2基動けば当面の需給は大丈夫。今夏は節電を要請しなくてすみそうだ」と安堵(あんど)の表情をみせた。高浜3、4号機の出力は各87万キロワット。夏のピークで2500万キロワット程度の管内需要に約180万キロワットの24時間安定供給を見込めるベースロード電源が計算できた。
現在、関電管内の電力需給は安定しているように見える。だが、これを支えるのは老朽火力だ。もともとミドル電源として需給調整に使ってきた重油や液化天然ガス(LNG)の火力発電が主力。複数の管内火力発電所は定期検査を震災特例で延期しており、突発事故の不安を抱える。
昨春、関電最大の姫路第二火力発電所(兵庫県姫路市)全号機が営業運転を始めた。原発のない夏の電力需給の切り札として期待されたが、シーズン入りを前にトラブルが発生し全基が停止。約290万キロワットが離脱し、綱渡りの供給力確保で乗り切った経緯がある。
経営危機再来
11日に電気料金引き下げの延期を発表した岩根茂樹副社長は「最大限の経営効率化を行っており、コスト削減だけでは値下げできない」と理解を求めた。
関電は、月100億円の燃料費差益が生じる高浜2基で経営基盤の回復を狙った。小売り全面自由化で草刈り場となる首都圏低圧市場への参入よりも、管内電気料金是正と供給力確保が先としていた。
すでに今期5期ぶりの黒字転換を確実にしているが、その多くは原料価格の下落を料金に還元するまでの時間差で生じるスライド益によるものだ。岩根副社長は次期の見通しを「できる限りの効率化で、黒字化を目指したい」と話すが、原発稼働なく現実は厳しい。
4期連続の赤字で、関電の財務基盤は激しく毀損(きそん)している。幸運にも原油安が恵みを運んだが、火力に過度なまで依存する電源構成の改善は不可欠だ。短期的に望めない現状は“経営危機”の再来と言っても過言でない。
次期社長候補の1人とも目される岩根副社長は「危機を乗り越えてこそ企業の継続性が担保できる。乗り越えるべき危機だ」と力を込めた。打開策を見いだせなければ、再値上げも俎上(そじょう)に上がる。
自由化に“冷や水”「一蓮托生」の関係に変化?
八木社長は5月に計画していた値下げについて「小売り自由化とは関係がない」と断じていた。だが価格競争力を強めて新規参入組に対抗する戦略であったことは否めない。岩根副社長も「値下げできない状況は非常に厳しい」と打ち明ける。
競合他社にとっても高浜原発の運転停止は予想外の展開だ。大阪ガスの本荘武宏社長は10日、次期経営計画を発表した席で「関西のエネルギー事情に大きな影響がある。注意して見たい」と述べた。
電力小売りの全面自由化に伴う関電管内の顧客争奪戦は、関電が料金引き下げを提示した後に本格化するとみられていた。新規参入組も「値下げすれば追随する」と出方をうかがっていた。このため価格競争が起きにくくなるとの懸念もある。
「前垂れかけの精神で」。彌園豊一常務執行役員は3日、都内で講演し、自由化に臨む関電をこう表現した。顧客の役立ちを追求する姿勢は、商都大阪の土地柄によるものだ。
香川次朗副社長は14日、堺市の下水再生水利用プロジェクト発表で「スマートコミュニティーなど、町づくりの役に立っていきたい」と意欲を示した。工場立地など企業活動支援や、各種地域への貢献を通じて関電と関西経済は一蓮托生(いちれんたくしょう)にある。
(文=大阪・小林広幸)
2016年3月15日