ニュースイッチ

島根県出雲市に東欧のITエンジニアが集まっている理由

島根県出雲市に東欧のITエンジニアが集まっている理由

左から法務担当のボリス・アファナセフ氏、広報の平井千覚氏、代表取締役社長の牧野寛氏、リクルーターのアナトーリ・コルビノフ氏

島根県出雲市———毎年11月は日本全国から神様が集まる“神在月”となる。

文字通り神様を迎える神迎祭の前日の「出雲酒祭り」が開催されていたが、その中に背の高い東欧系と思わしき男性が混じって、日本人と一緒に新酒を楽しんでいた。そして、神迎祭当日にも出雲大社に向かう電車の中でも東欧系の女性が乗り込んでもいた。首都圏ならいざしらず、日本海側の地方都市の中でなぜこんなに東欧系の人がいるのか?

実は「People Cloud」(ピープルクラウド)という出雲市にあるジョイントベンチャーにその答えがあった。こちらはSAMI Japanなどの民間会社数社と島根中央信用金庫、出雲市の合弁会社だ。主な事業としては東欧出身の外国人の高度IT人材の人材紹介を行っており、筆者が見かけたのは同社の社員や、関連会社のエンジニアだったのだ。

ロシアのウクライナ侵攻で、IT人材が世界に流出

しかし、なぜ「出雲市」と「東欧」の組み合わせだったのだろう。

代表取締役の牧野寛氏は、東京外国語大学でロシア語を専攻。卒業後楽天を経て、2017年にロシアのサンクトペテルブルグで、友人のキリル・サプラーノフ氏とともにSAMI Japanの前身のSAMI LLCを立ち上げた。この会社は主に東欧諸国のITスタートアップの日本進出の支援をしていた。しかし2022年にはロシアのウクライナ侵攻が勃発。牧野氏を含む全社員が島根県出雲市に移住、本社機能を移転したという経緯があったのだ。

そもそも牧野氏は東京出身者で、出雲市とは何の縁もない。

ウクライナへの侵攻が起こった後、ロシアでの事業継続が難しくなり、日本移住を考えた。その際知己のモンスターラボのCEO・鮄川(いながわ)宏樹氏から心配の電話があった。モンスターラボはPeople Cloudの出資社の一つ。

「鮄川さんから『会社の移転先の心当たりあるの?』と聞かれて。当時はまだどこも考えられず、東京も違うなあと思っていたのです。そうしたら鮄川さんがご自身の出身地の出雲に来たらとおっしゃいました。出雲に来るのであれば、地元の経営者たちと一緒にサポートできるからと。もちろんその時は出雲での具体的な事業構想はありませんでした。しかし、鮄川さんの温かい言葉で出雲移転を決めたのです。ロシアに拠点があった時も、日本の会社と技術的に優秀なエンジニアを掛け合わせた事業ができないかと模索していました。東欧はとにかく優秀なエンジニアが多いのです」(牧野氏、以下同)

GAFAの共同創業者には必ず旧ソ連諸国出身者がいる

旧ソ連時代、彼の地では非常に高度な理数系教育が行われており、それがロシアになっても受け継がれている。数学、情報、物理オリンピックなども開催され、プログラミングコンテストでも、ロシアやウクライナは非常に優秀な成績を収めている。GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック<現メタ>、アップル)の共同創業者には、旧ソ連出身者が必ず入っているほど。人材の質が高いのはもちろん、数も膨大。ロシア、ウクライナ、ベラルーシなどのIT人材が300万人ほどいるが、2014年のロシアのクリミア併合あたりから、東欧地域のIT人材が国外に流出し、今回のウクライナ侵攻でロシアから10万人が出国したそう。

「行く場所のないIT人材に対して日本企業の求人を紹介する、それがPeople Cloudの中の『Hello,Yaponiya!』(ハロー ヤポニヤ)というプロジェクトなんです。パートナーの日本企業から求人情報をいただいたら、それをもとにエンジニアを募集します。応募者の中から数名を選抜し、彼らに日本語を教え、日本の企業風土を教えたり、企業が求めるものを説明したりと、働くための研修を無料で行います。そして出雲に2週間ほど滞在してもらうのです」

この短期滞在には2つの意味があり、1つはお試し移住。2つ目は、求人先の日本企業を訪問したり、飲み会にも参加したりといった交流のため。その際、牧野氏らがサポートして、簡単な日本語の自己紹介をしてもらう。そうすれば、日本企業もエンジニアたちの人となりがわかり、外国人採用に安心感を持てる。

ちなみに「Hello,Yaponiya!」は、東欧諸国のスラブ語圏で“こんにちは、日本”という意味。プログラミング言語の基本文法の解説例の「Hello,World!」にかけている。これを見れば、東欧人は日本でのエンジニアの求人だとピンと来るだろうという想いが込められている。

ラーメン、ロボット、コードを愛するエンジニアを求める「Hello,Yapoiya!」

アニメ好き、ゲーム好きが高じて日本を目指す

それにしても、極東の日本に来たがるエンジニアがそんなにいるのか? それよりも距離的に近いヨーロッパや待遇の良いアメリカに行きたいのではないだろうか?

しかしいざフタを開けたら一回の応募者は200人から250人ほどで、さらには日本語の学習経験者が約3割もいた。日本人のエンジニアでロシア語の学習者が3割もいないので、この率は非常に高いといえるだろう。彼らは日本のアニメやゲームに小さい頃から触れており、いつか日本に行きたい、働きたいと願う人々が少なくないからだ。

「今、マッチング第一陣の5人が日本企業に入社し、1人は横浜で、4人が全て出雲の企業に勤めています。昨年末までには家族も含めて10〜15人が出雲に移住してきました。なので、市内に東欧コミュニティができています。コミュニティがあれば、移住者同士で出雲で生活するための情報交換ができるので安心ですよね」

直接雇用よりも業務委託を選んで様子を見るのもアリ

出雲市の企業はこれまで外国人を採用したことがほとんどない。しかも、昨今の人手不足のしわ寄せを受け、日本人のエンジニアさえも不足している。それゆえ“待ったなし”の感覚で、外国人採用に乗り出さないといけない。それでも異分子の外国人エンジニアと、ローカルの日本企業が融合できるのか疑問だが、People Cloudはそれに関しても先手を打っている。

「パートナー企業さんから『うちの会社にずっといてくれるんですか?』と聞かれますけど、先のことはわかりません。ですが、できるだけ定着率をあげる努力は必要です。『この会社にいてもいい』とエンジニアたちが思う、一方の企業も『この人に来てもらってよかった』と思う仕組みを作っていかねばなりません」

例えば、エンジニアに対しては、コミュニティに積極的に参加してもらう、子供の学校問題、住居の斡旋、病院の行き方などをサポートする。

日本企業に対しては、人材がマッチングされたら、紹介料のみをPeople Cloudに払うのだけなので負担を少なくしている。また、いきなり直接雇用が心配ならば、しばらく業務委託で仕事を発注する方法もあるという。

「People Cloudの親会社のSAMIに企業が発注し、SAMIがエンジニアを企業に派遣する形にもしています。そして互いに信頼関係ができたら、任意のタイミングで直接雇用に変えてもらう、またはミスマッチだったら契約を終了してもいいのです。それならば企業側のリスクが低くなりますよね。本来ならば人材の引き抜きはNGですが、我々は、人材のデータベースをどんどん活用してほしいので積極的にこれを進めています。年間で500人以上もの登録人材が増えているので」

社員は11名。少数精鋭主義でタスクをこなす

外国人という“異分子”が入ることのメリット

給与面では欧米に比べれば、残念ながら地方の日本企業からの報酬は少ない。しかしお金だけが決定要因にならないそうだ。出雲は東京に比べれば物価は安いし、7万円ほどでかなりいいマンションに住める。治安はいいし、人の気質もいい。また、飛行機に乗れば大阪にも東京にもすぐ行けるので、大都会の刺激も得られる。

「モスクワ出身のエンジニアの女性が、出雲に来る前は『田舎は嫌だ。せめて神戸に行きたかった』と嘆いていました。でも、実際移住したら『なんてここはいい場所なんだ』とすごく気に入っています。ロシアでの田舎のイメージはインフラもおぼつかない場所です。出雲は想像よりも都会だったんでしょう(笑)」

People Cloudは企業の求人を紹介してそれで終わりではない。東欧のエンジニアを受け入れてくれる企業を探し、いかに彼らが優秀かをプレゼンし、外国人と一緒に働くためのスキームを組み、それを実際に走らせて、定着させていくというところまでフォローする。手間も時間もかかる。しかし、スタートアップの使命は、社会課題を解決すること。この部分にしっかりコミットしたいと牧野氏は断言する。

「多少強引にでも外国人社員を入れてみると、意外になんとかなるんだなと企業側が感じ始めているようです。それにローカルの“ザ・日本企業”の体質の企業が少しづつ変わっていくのを見るのも感慨深いです。若い社員が英語で一生懸命コミュニケーションを取ろうとするなど、アクティブになって積極性が出てくるんです。異分子を入れてストレスをかけることでそんなメリットも出てきます」

もちろん一朝一夕に企業体質は変わるものではない。しかしグローバル化の波に乗り遅れた日本企業の生きる道の鍵は、東欧をはじめとした外国人採用なのかもしれない。(ライター=東野りか)

編集部のおすすめ