気鋭のスピーチライターが教える言葉で世界を変える術(後編)
安倍首相の中東演説は正しかったのか?そして村上春樹の死を覚悟したスピーチの凄さ
後編は政治、宗教、スピーチの本質へと話は展開していきます。
―さてここからは政治について伺います。安倍首相のスピーチライター(首相補佐官)は日経BP出身の谷口智彦さんです。全体的に安倍さんのスピーチをどう評価していますか。
「まず首相や大統領のスピーチは一人で書くものではなく、チームで政府内にある情報を網羅しながら、何をしゃべて、何をしゃべらないべきかを判断しなければいけない。膨大なバックヤードがあって、それが表に出てくるのがスピーチなんです。本来、日本は国際的にかなりの発言力があり注目度も高い。安倍さんのスピーチに対する国際的な評価も高いです。でも日本が世界に向けてどういう立場を表明するかは非常にテクニカルな問題」
「(今年1月の)中東訪問のスピーチは、最初、よい感じだという印象でした。原稿の内容も評価していたんです。伝統的な『中庸』という言葉を使われ、その大切さをアピールしていましたから。僕もそこは同感なので。結果的に(『イスラム国』による人質問題が)起こってしまった。スピーチライターのチームは、そのような事態になることまでを想定して考えないといけない。逆にそのために存在していると言ってもいい。コニュニケーションと情報の戦いをリードするのがスピーチという表舞台。その戦いのために、裏の情報が錯綜していたのであればとても惜しい」
―蔭山さんは「共感の積み重ねが感動になる」スピーチが重要だとおっしゃってます。一方で「感動」は国民性などでかなり違うのでは。
「全然違いますね。特に宗教が違うともの凄く変わる。フランスのシャルリー・エブドへのテロ襲撃事件や、イスラム国における人質事件などは、宗教的感情がどのように動いたのか。日本にいると宗教が身近に感じられないんです。『信心深い人たちは、日本人が何をしゃべるとどのように感じるのか』ということを、我々はほとんど想像できない。あたかも日本人と同じように考えるのではないか?とふるまうと思わぬ罠にはまる。議会制民主主義を採用し政治運用している国は多いが、本当に民主主義が大切だと認識して政治をしている国は思いの外少ないですから」
―シャルリー・エブドの風刺について、日本人は嫌悪感を持つ人の方が多いと思います。言論の自由への対峙の仕方もかなり差がありますよね。
「フランス人は国民性というより、フランス革命などの歴史というものが厳然としてあって、どれだけ言論の自由を大切にしているのか、という象徴の一つが風刺です。では、日本が古来より祭りをやる目的は何か。有害だった存在を無害化する、神格化する行為なんです。無害化するためなら命をかけるのが日本人。風刺など明確な意志を思って反抗するのがフランス。まったくやり方が違います。そしてイスラム世界は、そもそも言論の自由は欧米と比べて重要ではない。信仰が中心です」
―蔭山さんは自身の本の冒頭で「スピーチが民主主義を作ってきた」と書かれています。
「もの凄く難しいことだと思っていますが。伝統的に日本は、議論によって物事を動かしていくことがなじまない国。会議は、支配する『空気』で決まります。それは過去の戦争における軍部や、今の企業でも蔓延している。基本的にそれは良くないことだと思います」
「空気が支配した組織は、向きを変えることが難しい。空気そのものを否定しているのではなく、決めたことが神格化されて身動きがとれなくなるとまずいことになる。破たんするまで経営判断ができなかったり、国でも政策論争が起こりにくい構造です。自民党も、もともとは金融緩和をやらないという空気だった。しかし民主党に政権を奪われ野党になったから、一転してアベノミクスが出てきたんです。それは一度、『死んだ』からです。逆にロジックを一番大切にしているのは米国でしょう。何が正しいかを議論で競い合って政策や経営戦略を決めていくのは世界的にも希少ですね」
―民主党政権での平田オリザさんは劇作家、今の安倍政権の谷口さんはメディアの出身です。スピーチライターが政策に入り込むべきなのか、という議論もありますが。
「僕は入り込むべきだと思っています。あくまで原稿用紙にまとめるだけなら外部から登用する意味がない。官邸、首相サイドの声を最大化していくには、入らざるをえないと思います。もちろん一人ではできないし、官僚も一緒になってチームを組む。経済に強い人、話し言葉にブラッシュアップさせる人、情報をまとめる人と役割分担するんです」
―米国は以前から政治におけるスピーチを重要視してきました。オバマ大統領の演説や行動をどうみていますか。
「ヒトラーもそうですが、敵対する勢力を無力化するコミュニケーション戦略は、『We(私たち)』と『They(彼ら)』に分けてスピーチ原稿を書くと団結力が高まり、盛り上がるんです。僕はあまりやりたくないですけど。オバマさんは逆の立場で、私たちと彼らを分けようとする人たちもいるけど、『ワンオブアメリカ』なんだ、という統合の仕方ですよね。だいたい反感を持っている人は、気になって仕方がないんです。だからもの凄く話を聞いている。一つひとつ誤解を解いていくと、案外あっさりこちらのファンになったりする。無関心な人は誤解もないので、言葉が入っていかないから何もできない」
―最近の中で一番印象に残ったスピーチは何ですか。
「村上春樹さんのエルサレム受賞スピーチ(2009年2月15日)ですね。文章的にも声も一部の隙もなかった。文学者として尊敬に値するスピーチ原稿です。こんな事を書くんだなぁと。めちゃくちゃ格好いいですね。ものを言って空気を変える作業は死の覚悟しかないんです。自分の保身を考えると、安全なことしか言えない。村上さんのスピーチは完全に命をかけていた。行動、言葉、覚悟が全部同時にあるスピーチはそうそうない。彼はそれを見事にやってのけたと思います」
<前編>
気鋭のスピーチライターが教える言葉で世界を変える術(前編)「ジョブズのプレゼンの凄さはあの声につきる」
<プロフィール>
蔭山洋介(かげやま・ようすけ)
1980年兵庫県生まれ。三嶋由紀夫の演出で知られる元文学座演出家の荒川哲生(故人)に師事。音響物理学、音声学、心理学などを学んだのち、米国イリノイ大学にて演技論や演劇史を学ぶ。2006年にコムニスを設立。現在はスピーチライター、ブランドディレクター、演出家としてパブリックスピーキング(講演、スピーチ、プレゼン)やブランド戦略を裏から支えるブレインとして活躍。クライアントには一部上場企業から中小・ベンチャーの経営者、政治家、NPO代表などリーダー層が多い。今年1月に『スピーチライター 言葉で世界を変える仕事』(角川Oneテーマ21)を出版、スピーチライターがテーマの日本テレビのドラマ『学校のカイダン』(2015年1月-3月放送)では指導役も務めた。>
―さてここからは政治について伺います。安倍首相のスピーチライター(首相補佐官)は日経BP出身の谷口智彦さんです。全体的に安倍さんのスピーチをどう評価していますか。
「まず首相や大統領のスピーチは一人で書くものではなく、チームで政府内にある情報を網羅しながら、何をしゃべて、何をしゃべらないべきかを判断しなければいけない。膨大なバックヤードがあって、それが表に出てくるのがスピーチなんです。本来、日本は国際的にかなりの発言力があり注目度も高い。安倍さんのスピーチに対する国際的な評価も高いです。でも日本が世界に向けてどういう立場を表明するかは非常にテクニカルな問題」
「(今年1月の)中東訪問のスピーチは、最初、よい感じだという印象でした。原稿の内容も評価していたんです。伝統的な『中庸』という言葉を使われ、その大切さをアピールしていましたから。僕もそこは同感なので。結果的に(『イスラム国』による人質問題が)起こってしまった。スピーチライターのチームは、そのような事態になることまでを想定して考えないといけない。逆にそのために存在していると言ってもいい。コニュニケーションと情報の戦いをリードするのがスピーチという表舞台。その戦いのために、裏の情報が錯綜していたのであればとても惜しい」
―蔭山さんは「共感の積み重ねが感動になる」スピーチが重要だとおっしゃってます。一方で「感動」は国民性などでかなり違うのでは。
「全然違いますね。特に宗教が違うともの凄く変わる。フランスのシャルリー・エブドへのテロ襲撃事件や、イスラム国における人質事件などは、宗教的感情がどのように動いたのか。日本にいると宗教が身近に感じられないんです。『信心深い人たちは、日本人が何をしゃべるとどのように感じるのか』ということを、我々はほとんど想像できない。あたかも日本人と同じように考えるのではないか?とふるまうと思わぬ罠にはまる。議会制民主主義を採用し政治運用している国は多いが、本当に民主主義が大切だと認識して政治をしている国は思いの外少ないですから」
―シャルリー・エブドの風刺について、日本人は嫌悪感を持つ人の方が多いと思います。言論の自由への対峙の仕方もかなり差がありますよね。
「フランス人は国民性というより、フランス革命などの歴史というものが厳然としてあって、どれだけ言論の自由を大切にしているのか、という象徴の一つが風刺です。では、日本が古来より祭りをやる目的は何か。有害だった存在を無害化する、神格化する行為なんです。無害化するためなら命をかけるのが日本人。風刺など明確な意志を思って反抗するのがフランス。まったくやり方が違います。そしてイスラム世界は、そもそも言論の自由は欧米と比べて重要ではない。信仰が中心です」
―蔭山さんは自身の本の冒頭で「スピーチが民主主義を作ってきた」と書かれています。
「もの凄く難しいことだと思っていますが。伝統的に日本は、議論によって物事を動かしていくことがなじまない国。会議は、支配する『空気』で決まります。それは過去の戦争における軍部や、今の企業でも蔓延している。基本的にそれは良くないことだと思います」
「空気が支配した組織は、向きを変えることが難しい。空気そのものを否定しているのではなく、決めたことが神格化されて身動きがとれなくなるとまずいことになる。破たんするまで経営判断ができなかったり、国でも政策論争が起こりにくい構造です。自民党も、もともとは金融緩和をやらないという空気だった。しかし民主党に政権を奪われ野党になったから、一転してアベノミクスが出てきたんです。それは一度、『死んだ』からです。逆にロジックを一番大切にしているのは米国でしょう。何が正しいかを議論で競い合って政策や経営戦略を決めていくのは世界的にも希少ですね」
―民主党政権での平田オリザさんは劇作家、今の安倍政権の谷口さんはメディアの出身です。スピーチライターが政策に入り込むべきなのか、という議論もありますが。
「僕は入り込むべきだと思っています。あくまで原稿用紙にまとめるだけなら外部から登用する意味がない。官邸、首相サイドの声を最大化していくには、入らざるをえないと思います。もちろん一人ではできないし、官僚も一緒になってチームを組む。経済に強い人、話し言葉にブラッシュアップさせる人、情報をまとめる人と役割分担するんです」
―米国は以前から政治におけるスピーチを重要視してきました。オバマ大統領の演説や行動をどうみていますか。
「ヒトラーもそうですが、敵対する勢力を無力化するコミュニケーション戦略は、『We(私たち)』と『They(彼ら)』に分けてスピーチ原稿を書くと団結力が高まり、盛り上がるんです。僕はあまりやりたくないですけど。オバマさんは逆の立場で、私たちと彼らを分けようとする人たちもいるけど、『ワンオブアメリカ』なんだ、という統合の仕方ですよね。だいたい反感を持っている人は、気になって仕方がないんです。だからもの凄く話を聞いている。一つひとつ誤解を解いていくと、案外あっさりこちらのファンになったりする。無関心な人は誤解もないので、言葉が入っていかないから何もできない」
―最近の中で一番印象に残ったスピーチは何ですか。
「村上春樹さんのエルサレム受賞スピーチ(2009年2月15日)ですね。文章的にも声も一部の隙もなかった。文学者として尊敬に値するスピーチ原稿です。こんな事を書くんだなぁと。めちゃくちゃ格好いいですね。ものを言って空気を変える作業は死の覚悟しかないんです。自分の保身を考えると、安全なことしか言えない。村上さんのスピーチは完全に命をかけていた。行動、言葉、覚悟が全部同時にあるスピーチはそうそうない。彼はそれを見事にやってのけたと思います」
<前編>
気鋭のスピーチライターが教える言葉で世界を変える術(前編)「ジョブズのプレゼンの凄さはあの声につきる」
蔭山洋介(かげやま・ようすけ)
1980年兵庫県生まれ。三嶋由紀夫の演出で知られる元文学座演出家の荒川哲生(故人)に師事。音響物理学、音声学、心理学などを学んだのち、米国イリノイ大学にて演技論や演劇史を学ぶ。2006年にコムニスを設立。現在はスピーチライター、ブランドディレクター、演出家としてパブリックスピーキング(講演、スピーチ、プレゼン)やブランド戦略を裏から支えるブレインとして活躍。クライアントには一部上場企業から中小・ベンチャーの経営者、政治家、NPO代表などリーダー層が多い。今年1月に『スピーチライター 言葉で世界を変える仕事』(角川Oneテーマ21)を出版、スピーチライターがテーマの日本テレビのドラマ『学校のカイダン』(2015年1月-3月放送)では指導役も務めた。>
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