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「雪資源」上手く使おう、科学技術の力で観光ブランドに

「雪資源」上手く使おう、科学技術の力で観光ブランドに

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雪は交通障害や停電、雪崩などの災害を引き起こす。だが同時に水やエネルギーを供給し、私たちの生活に欠かせない大切な資源でもある。日本は都市部近くでウインタースポーツを楽しめる豊富な雪量が得られ、質も良い。これは世界的にも珍しく、観光資源として大きな可能性を秘めている。防災科学技術研究所は雪がもたらす負の側面だけでなく、正の効果を総合的に評価しようと“雪資源ポテンシャル研究構想”を立ち上げ、地域とともに共創研究に取り組む。科学技術の力で日本の雪の価値を再発見し、地域の持つ力を世界に、未来につないでいく。(曽谷絵里子)

【プラスの視点】潜在能力「見える化」

従来の雪氷研究は雪の持つ負の側面に着目し、高齢化や自治体の財政難が深刻化する中で被害をどれだけ抑えられるかを求めてきた。だが雪国では雪は生活の一部だ。防災科研雪氷防災研究部門の中村一樹部門長は「災害対応だけでなく、雪資源のポテンシャルをトータルで見える化することで雪国の暮らしをより豊かにできるのではないか」と考え、雪資源ポテンシャル研究構想につながった。常に地元と一緒になって研究に取り組んできたからこその気付きだった。「伝統的な雪の使い方、雪国では当たり前のことも世界的視点で見ると価値がある」(中村部門長)。

防災科研は山形県新庄市に雪氷防災実験棟を持ち、実際の雪を用いたシミュレーション研究、センシングや予測技術を開発してきた。こうした技術や知見で雪資源のポテンシャルを見える化できれば、地域の価値を高められると考えたのだ。

ニセコルール コース外滑走安全・・・雪崩対策・予報は万全

取り組みの一つが北海道のニセコ地域で進む。ニセコは近年、インバウンド(訪日外国人)に絶大な人気を誇り、国際的な一大スキーリゾートとなった。だが1990年代においては最も雪崩死亡事故の多いスキー場だった。コース外滑走(バックカントリースキー)がしやすく、コース外に出る人々が後を絶たなかった。

防災科研は2000年代からニセコで雪崩研究を開始。当初は雪崩の運動を解明するなど科学的な研究が中心だった。だが自治体や地元のスキー場と協力する中で、防災科研の山口悟研究統括は「サイエンスも重要だが、我々の一番のミッションはサイエンスで得られた知見を基に災害被害を減らすこと。より地元に役立つ研究を」という思いを強めていく。

ニセコでは当初、コース外滑走を禁止した。だが禁止してもスキーヤーはそれを破り、事故は減らなかった。そこで02年に生み出されたのが「ニセコルール」だ。他地域の多くがコース外滑走禁止を強化する中、ニセコではあえてコース外に出られるゲートを設置。雪崩の危険性がある場合のみゲートを閉め、リスクの低い時はコース外滑走を楽しめるようにした。「この取り組みは世界的にも画期的」(山口研究統括)で、ニセコの人気を世界レベルに高めた。

人気が高まるにつれ、地元ではニセコルールの高度化や継続的な運用のための人材育成、組織体制の構築が求められるようになった。インバウンドの増加に伴い、ゲート開閉における科学的根拠を求める声も出始めた。

ニセコルールはニセコの雪を知り尽くした地元有識者によるニセコ雪崩情報に支えられてきた。そこには科学的思考に基づいた判断があるが、素人には熟練者の「勘」にしか見えず、後継者育成は難しい。そこで防災科研の研究グループは彼らとひと冬行動を共にし、思考プロセスを観察。ニセコでは吹雪後にできる吹きだまりが雪崩の危険性判断に重要であることを突き止め、山全体の風の場の変化を捉えられる6地点に観測点を設置。吹きだまりの発達や安定過程に関わる情報の見える化に取り組んでいる 。

さらに、気象予測モデルを組み合わせることで数時間先までの予測を可能にし、雪崩管理に必要な情報を共有するシステムを試験的に構築。システムは4期目を迎え、雪崩管理に生かすとともにスキー場関係者らからフィードバックを得て進化を続ける。

良質Japow 世界のスキーヤー集める

そして、日本のウインターリゾートのポテンシャルを語る上で欠かせないのが、雪質の良さ、「パウダースノー」だ。スキー業界ではJapanとsnowを合わせた「Japow」と呼ばれ、海外スキーヤーたちはJapowを求めて日本にやってくる。

だが、パウダースノーに明確な定義はなく、「滑り手が楽しく滑れる雪」と解釈はそれぞれだ。そこでまず滑り手が求めるパウダースノーが得られる条件の見える化に着手。滑り手に満足度や滑った地点に関するアンケートを取り、その時の気象データと照らし合わせることで「パウダー満足度」を決める条件となる気温や雪の量などとの関係式の案を導き出した。

これにより過去からの満足度評価の変化も分かる。「自治体から求められるのは、地球温暖化で雪の量と質がどう変わるか」(山口研究統括)だが、関係式と気候変動予測を組み合わせれば将来変化を示せ、自治体の長期観光戦略立案に役立てられる。

同時に、防災科研の雪氷用X線コンピューター断層撮影(CT)装置を使いパウダースノーの構造を明らかにする取り組みを計画している。「これまでイメージでしか語られてこなかったJapowの構造を見える化することで、世界の他地域との差別化に使える」(同)。

スキーかスノーボードか、上級者か初心者かでも好む雪質は違う。各時期に求める雪があるのはどこかをきめ細かく示すことで、それぞれのスキー場の新たな価値創出も期待される。現在は一部の有名リゾートに観光客が集中するが、「オーバーツーリズムの解決にもつながるかもしれない」(同)。

【地域を豊かに】共創研究の“好循環”築く

雪資源ポテンシャル研究構想は、地域の独自性を明確にしてブランド化し、付加価値を与える。「これにより産業振興や経済的なプラスが生まれれば、安全・安心への投資も可能になる。こうした好循環を生み出すきっかけとしたい」と中村部門長は話す。

さらに、こうした取り組みは災害被害低減にもつながると考えられる。今までは災害時にしか利用されなかった防災技術や情報を多くの人々が「普段使い」するようになれば、災害時の対応力を高め、レジリエンスの向上にもつながる。

ニセコでの取り組みを他地域に展開するなど活動は進む。山口研究統括は「一方的に情報を出して終わりではない。共創的に進めることが大事だ」と強調する。地域の人々と一緒になって取り組む共創研究が、私たちがまだ気付いていない地域のポテンシャルを教えてくれる。

日刊工業新聞 2024年01月08日

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