21世紀の産業支える第4の素材、“覚醒”迫る「セルロースナノファイバー」の現在地
植物由来、軽く高強度
植物が原料でありながら、鉄のように強く軽い素材「セルロースナノファイバー(CNF)」。化石資源の消費削減だけでなく、プラスチックのリサイクルを拡大させる素材としても期待がかかる。長年、CNFを研究する京都大学生存圏研究所の矢野浩之教授は「21世紀の産業を支える“第4の素材”であり、大きな市場がある」と太鼓判を押す。“覚醒”が迫るCNFの現在地を探った。(編集委員・松木喬)
CNFは植物の主成分であるセルロースが原料。樹木を砕いたチップをつぶし、溶かしてパルプにするまでは製紙と同じだ。パルプを細かく解きほぐしてナノ(10億分の1)サイズにするとCNFになる。鋼鉄の5分の1の軽さでありながら5倍の強度を持つ。植物由来であるため環境負荷が少ない。矢野教授は「どの植物にもセルロースがある。日本は森林国であり、材料が豊富にある」と優位性を語る。
一部で実用化されており、化粧品のベタつき防止、インクの滑らかさ向上、おむつの消臭効果などで役立っている。さらに期待されるのがプラスチック強化材としての用途だ。
CNFを少量、樹脂に混ぜると強度を高めたプラスチックを作ることができる。プラスチックの特性である軽さを損なわず、より薄くして軽量になる。自動車部品に採用すれば、車体を軽量化して燃費を改善し、走行時の二酸化炭素(CO2)排出量を減らせる。
矢野教授は2001年、CNFを樹脂に混ぜて鋼鉄並みの強度を持つ材料を開発。05年から経済産業省や京都市産業技術研究所、企業と連携し、パルプを樹脂に混ぜながらCNFにする直接混練法「京都プロセス」を確立した。本来はプラスチックと植物は混ざりにくいが、樹脂にCNFを均一に行き渡らせることにも成功。工程の省略が図れ、製造コストを低減できた。
18年、アシックスがCNFを複合化したクッションをシューズに採用した。星光PMCが京都プロセスを活用して量産したクッション材であり、軽くて耐久性がある。19年開催の「東京モーターショー」では、環境省が試作したスポーツカーに京都プロセスの成果が活用された。車体を16%軽量化し、燃費を11%改善した。
23年8月にはヤマハ発動機が、北米向けに発売する水上バイクのエンジンカバーにCNFを採用したと発表した。日本製紙がCNFを混ぜて強度を高めた素材を供給した。
リサイクルで注目 廃プラ再成形、用途拡大
実績を積み上げる中、プラスチックのリサイクルを拡大させる素材としてもCNFが注目されている。一般的なリサイクルは、製品から回収した廃プラスチックを粉々に砕き、溶かして再成形して製品にする。ただ、廃プラスチックは劣化が気になるため用途が限られる。CNFを再成形時に混ぜると、廃プラであっても強度が高まる。新品の状態よりも性能が高まることもあり、リサイクル材の用途を広げる。
ただし、課題はコスト。京都プロセスで低コストの製法を見いだしたものの「ボリュームゾーンの用途を考えると、まだ高い」(矢野教授)という。そこでマイクロ(100万分の1)サイズのセルロースファイバーを選択肢の一つに挙げる。ナノまで微細化しないので製造コストを低減できるほか、樹脂への含有量を2―3倍に増やせるので化石資源の使用を減らせてCO2の排出抑制にもなる。ただし、水分を吸いやすいプラスチックとなるため、「ユーザーのニーズに合わせた使い分けがあるはずだ」(同)と語る。
矢野教授は四半世紀近くCNFを研究する。「20世紀は金属、セラミックス、プラスチックが産業を支えた。21世紀は“第4の素材”として『構造用CNF』が産業を支える。もともとCO2を吸収してできており、リサイクルも可能な、CNFは“カーボンニュートラルファイバー”の略でもある。製紙産業のインフラを活用して生産できる」と熱く語る。
脱炭素社会への転換やプラスチック廃棄物の削減が迫られており、CNFは飛躍の時が迫ってきた。
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