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オールリモート企業の成功の要諦、「ドキュメンテーション文化」とは

<情報工場 「読学」のススメ#121>『GitLabに学ぶ世界最先端のリモート組織のつくりかた』(千田 和央 著)
幅広い視野の獲得に役立つ書籍をビジネスパーソン向けに厳選し、10分で読めるダイジェストにして配信する「SERENDIP(セレンディップ)」。この連載では、SERENDIP編集部が、とくにニュースイッチ読者にお勧めする書籍をご紹介しています。

67カ国2,000人以上が「オールリモート」のGitLab

世界67カ国以上に2,000人以上のメンバーが在籍するグローバル企業でありながら、オフィスをもたない「オールリモート企業」がある。GitLab(ギットラボ)だ。

2020年以降、コロナ禍を経て、日本でもリモートワークは珍しくなくなった。一方、GitLabは法人化された2014年当初からオールリモートを貫く。2021年にはNASDAQに上場。DevOpsプラットフォームと呼ばれる、効率的なソフトウェア開発を支援する製品「GitLab」を提供している。2011年にウクライナの一人のソフトウェア開発者が始めたオープンソースプロジェクトが前身だ。

コロナ禍が落ち着いてきた現在、オフィス回帰の動きも耳にする。もともとリモートワークに否定的な人もいる。2022年にTwitter(現X)を買収したイーロン・マスク氏が、同社のリモートワークを「認めない」とした話は有名だ。

そんな中で、『GitLabに学ぶ世界最先端のリモート組織のつくりかた』(翔泳社)は、改めてリモートワークの利点と可能性に気づかせてくれる。著者の千田和央さんはLAPRAS株式会社の人事責任者だ。同社は、厚生労働省の「グッドキャリア企業アワード」を受賞している。千田さんは、GitLabがリモート組織の運営ノウハウをまとめてWeb上に公開している、3,000ページにも及ぶ「GitLab Handbook」に衝撃を受け、これを地道に読み込んでLAPRASに実装した。

『GitLabに学ぶ世界最先端のリモート組織のつくりかた』には、その「GitLab Handbook」の要点がまとめられており、GitLabのAPACリージョン、ソリューションアーキテクトの伊藤俊廷さん、同シニアソリューションアーキテクトの佐々木直晴さんが監修を務めている。

インフォーマルコミュニケーションも設計する

GitLabが標榜する「オールリモート企業」とは、働く場所、人の採用、商品の開発、販売など経営の「すべて」がリモートを前提とする組織だ。非同期(時間を合わせない)コミュニケーションを原則とするため、いつでも誰でも確認可能なように、なんでも言語化しておく「ドキュメンテーション文化」が浸透している。「GitLab Handbook」には、GitLabの組織の判断基準やプロセス自体が言語化されて集約されており、あらゆるメンバーの提案が取り入れられ、必要に応じて修正される仕組みになっているという。

オールリモートであるため、従業員は、第三者にも理解される、目に見える成果を残さなければ評価されない。そのため、組織には成果にこだわる風土が醸成されているほか、時間の使い方が効率的になる、世界の優秀な人材を早く採用できる、といったメリットがある。

年齢や性別、国籍などに関係なく、多様なメンバーが公正に評価され、パフォーマンスの最大化につながるといった特長もある。年功序列賃金制度や新卒一括採用の影響が残る日本企業の場合、高い能力を備える人材が正当な評価・報酬を得られないといった問題が指摘されることもあるが、GitLabは無縁だ。

GitLabが推奨するリモート組織に移行するためのアクションプランには、「リモート責任者を任命する」「ツールの種類を最低限に抑える」「リモート作業環境を整備する」などの8つがある。

興味深いのは、その8つの中に、「インフォーマルコミュニケーション(業務外の非公式なやりとり、雑談)を設計する」があることだ。GitLabでは、従業員のパフォーマンス向上やメンタルヘルスを保つために、インフォーマルコミュニケーションが非常に重要な人事施策と考えられており、1on1の雑談やゲーム、同僚と集まって交流するための旅費を会社が負担する制度などが設けられている。

さらに、リモートワークを実際に始めると、どうしてももちあがってくる課題や、それらへの対策も記される。「働きすぎる」「チームに馴染めない」などが挙げられているが、著者が実際にLAPRASをリモート組織に移行させたことを考えると、いずれの内容も説得力がある。

グローバル企業に共通する組織運営の要点

この本は基本的に、「オールリモート企業」を目指す人や会社のために、その道筋を記している。ただ、その考え方や仕組みは、部分的にリモートワークを導入、あるいは導入を考えている企業へのガイドにもなる。

例えば、日常的にポジティブなフィードバックなどで良い関係性を構築しておくことが推奨される。ネガティブなフィードバックは、ドキュメントとして書き留めておくことや、事実をベースに議論すること、具体的な内容も言語化して定期的に確認すること、打ち合わせは必ず議事録を残すことなど、こと細かく言語化されている。

これらはいずれも、リモートワークだからこそ重要でもあるのだが、オフィスでリアルに顔を合わせる関係であったとしても、変わらず大切だ。いずれも「当たり前」と感じる人もいるだろうが、これらが組織内で徹底されている例は少ないのではないだろうか。当たり前のことさえも言語化され、組織のルールとして共有されていることで、実効性が増す面はあるだろう。

このほか、心理的安全性の確保、人事制度、業務ルールなどにも触れておりリモートワーク如何にかかわらず、あらゆる組織の運営の要点として学ぶところが多いといえる。

人々の働き方は、今後、より多様化していくのは間違いないだろう。組織の運営を、より効率的にし、誰もが気持ちよく働くために何が必要なのか、本書はさまざまなヒントを与えてくれる。 (文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

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『GitLabに学ぶ世界最先端のリモート組織のつくりかた』
-ドキュメントの活用でオフィスなしでも最大の成果を出すグローバル企業のしくみ
千田 和央 著
翔泳社
312p 1,980円(税込)
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
本書によれば、GitLabの社員は、業務上の行動に迷った時などには、すかさずHandbookに立ち返り、解決策のヒントを探す。また、誰かがHandbookの内容に反する行動をしたり、助けを求める際には、Handbookの該当箇所へのリンクを送り、指摘やアドバイス、議論を行うという。「無印良品」を展開する株式会社良品計画にもMUJIGRAMというマニュアルがあり、GitLab Handbookと同様に機能しているようだ。両者とも、問題点・改善点が見つかれば随時改訂される。こうした柔軟なマニュアルがあることで、それを軸として考える習慣が、全社員に身についていくのではないだろうか。

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