“おじぎをしないオジギソウ”を作成して示した「なぜお辞儀をするのか」の答え
植物は敵に襲われても逃げ出せない、気の毒な生き物と思われている。しかし虫に食べられたり何かに傷つけられたりすると、「危ないよ、気をつけて」という情報を離れた場所に送り、時に抵抗性の植物ホルモンを作り出して攻撃に備えるらしい。埼玉大学大学院理工学研究科の豊田正嗣教授らはさまざまな蛍光顕微鏡を製作し、それを使って植物の情報伝達を〝見える化〟する研究に取り組んでいる。(編集委員・山本佳世子)
植物細胞の情報伝達でキーとなるのは、動物細胞と同じカルシウムイオンの濃度変化だ。そこでまず、緑色を発する蛍光たんぱく質にカルシウムイオンと結合する領域を持たす。この遺伝子を植物体に組み込むことで、蛍光顕微鏡による画像を使い、変化を観察するのが豊田教授らの手法だ。「個体で起こる変化をリアルタイムに可視化できる」のが売りとなっている。
モデル植物のシロイヌナズナの葉を使い、チョウの幼虫などに食べられたりハサミで傷つけられたりした時の様子を観察した。すると傷つけられた場所で瞬時にカルシウムイオン濃度が変化し、その情報シグナルが植物体を高速に伝わって、離れたところの健康な葉でも、イオン濃度が変わることを確かめた。
さらに不思議な挙動でチャールズ・ダーウィンの時代から人々を引きつけてきたオジギソウを採り上げた。触られると葉を素早く次々と閉じてお辞儀をするのは、葉枕(ようちん)と呼ばれる部分が曲がるためだ。葉に触れると電気シグナルが伝わって運動を起こすことは知られていたが、生理学的な仕組みは明らかでなかった。
豊田教授らはカルシウムイオンを捉えると蛍光を出すオジギソウを作出した。葉を傷つけると、葉枕で次々とカルシウムイオンのシグナルが発生し、葉が閉じていく様子をイメージング画像で明らかにした。電気シグナルと連動、つまり同じ時間と空間で変化が起こっていることを確認した。
さらにゲノム編集技術を使って、葉枕がない〝おじぎをしないオジギソウ〟を作った。通常の葉と並べてバッタに食べさせると、動かない方をよく食べる。通常の葉が閉じる時に足を挟まれたり、食べ進められなくなったりする様子も観察された。
「なぜお辞儀をするのか。多様な仮説が出ていたが実験はされていなかった」(豊田教授)中での試みだ。「夏休みの自由研究の延長みたいなテーマ」(同)だったが、捕食が進まないよう邪魔をするのが目的の一つと推測される証拠を提示した。
豊田教授の専門は生物物理だが出身は物理学科で、特殊な顕微鏡を自ら製作できるのが強みとなっている。水平方向の数センチメートル角を観察する顕微鏡だけでなく、オジギソウの垂直方向の動きを数十センチメートルで追いかけるなどカメラタイプも最近はよく使う。映像を使って科学への関心を刺激する研究は、幅広い世代を引きつけている。