財布の紐を緩めたキヤノン。怒濤のM&Aで御手洗会長の悲願は結実するか
売上高5兆円へ、「デジカメ」「事務機」2大事業で大きな成長見込めず
キヤノンの経営におけるM&A(合併・買収)の重要性が増している。これまでの買収額を大きく上回る7000億円規模で、東芝メディカルシステムズ(栃木県大田原市)を傘下に収めることになった。最大の狙いは事業領域の拡大による新規事業の早急な育成。開発を進める遺伝子診断分野でも、事業化の足がかりとして期待できる。
約2800億円を投じたスウェーデンのネットワークカメラ大手、アクシスコミュニケーションズの買収は、既存事業との融合による成長につながると市場で一定の評価を受けた。デジタルカメラと事務機の既存2事業で大きな成長が見込めない中、M&Aは今後もキヤノンの成長戦略の主軸となる。御手洗冨士夫会長兼社長兼最高経営責任者(CEO)の悲願「売上高5兆円」の達成に向け、大きな一歩を踏み出す。
「アクシスの次はどこか」―。新規事業の早期立ち上げが課題のキヤノンに対し、市場の注目は次のM&Aに集まっていた。デジタルカメラと事務機は大きな成長は見込めないものの、安定的な利益を稼げる事業だ。しかし「次の成長に向けては、まとまった規模のさらなるM&Aをするしかない」(シティグループ証券の芝野正紘ディレクター)との見方が大勢を占める。
売上高が3兆8000億円規模のキヤノンにとって「100億、200億円規模の事業では、すでに市場でポジションを得ている同業他社にかなうレベルではない」(野村証券の和田木哲也マネージングディレクター)。経営を支えるには、少なくとも1000億円の規模が必要というのが市場の見方の体勢だった。
15年12月期末の手元資金は約6300億円。自社株保有比率は18・1%。毎年1000億円以上のフリーキャッシュフローを安定的に生み出しており、御手洗会長は「3000億―4000億円のM&Aならいつでもできる」と意欲をみせていた。
「医療事業を大きくするための千載一遇のチャンスだ」―。1月の決算会見での田中稔三副社長の言葉は、今回の買収にかける本気度の表れだった。
キヤノンは1月から始まった5カ年計画で新たな経営の柱として医療機器事業を強化する方針を打ち出す。同事業の歴史は70年以上と古い。強みである光学技術や画像処理技術などを活用し、眼底カメラやX線デジタル装置などを展開。ただ事業規模は小さく、売上高1000億円を当面の目標としていた。
成長に向け、次の主力と位置づける遺伝子分野ではベンチャー企業への出資や技術提携を行う。しかし同分野は発展市場でもあり、事業化には時間がかかる。目標達成にはすでに確立された市場で、実績を上げている企業を取り込むことが不可欠。東芝メディカルの売却は、まさに渡りに船だった。コンピューター断層撮影装置(CT)や磁気共鳴断層撮影装置(MRI)などへ領域を広げ、事業拡大を狙う。
キヤノンは東芝メディカルをどう運営するのか。御手洗会長は以前から「全てを本社からコントロールするつもりははない」と、買収した企業の経営の独立性を維持する方針を示している。事実、近年立て続けに行っているM&A(合併・買収)でも、それぞれの経営陣は独自に運営している状況だ。おそらく東芝メディカルも同様だと見られる。
キヤノンが新規事業育成に力をかける背景には、既存事業で売り上げの約9割を占める事務機・カメラ市場の成熟がある。現在、新規事業全体の全社売り上げに占める割合は14―15%程度。この比率を引き上げ、1兆円にすることが当面の目標だ。実現すれば15年12月期に3兆8002億円だった売上高を、20年に5兆円にする目標にも手が届く。
同時に「M&Aは優良企業でしかやらない」(御手洗会長)方針。キヤノンが今後注力する産業分野は、主に材料、医療、ロボット。「無借金経営」を掲げてきたキヤノンだが、これを打ち崩してもやるべきと判断した大型M&A。これまで築いてきた強固な財務基盤があれば、市場は成長ドライブを加速したと評価するだろう。
(文=政年佐貴恵)
約2800億円を投じたスウェーデンのネットワークカメラ大手、アクシスコミュニケーションズの買収は、既存事業との融合による成長につながると市場で一定の評価を受けた。デジタルカメラと事務機の既存2事業で大きな成長が見込めない中、M&Aは今後もキヤノンの成長戦略の主軸となる。御手洗冨士夫会長兼社長兼最高経営責任者(CEO)の悲願「売上高5兆円」の達成に向け、大きな一歩を踏み出す。
「アクシスの次はどこか」―。新規事業の早期立ち上げが課題のキヤノンに対し、市場の注目は次のM&Aに集まっていた。デジタルカメラと事務機は大きな成長は見込めないものの、安定的な利益を稼げる事業だ。しかし「次の成長に向けては、まとまった規模のさらなるM&Aをするしかない」(シティグループ証券の芝野正紘ディレクター)との見方が大勢を占める。
売上高が3兆8000億円規模のキヤノンにとって「100億、200億円規模の事業では、すでに市場でポジションを得ている同業他社にかなうレベルではない」(野村証券の和田木哲也マネージングディレクター)。経営を支えるには、少なくとも1000億円の規模が必要というのが市場の見方の体勢だった。
15年12月期末の手元資金は約6300億円。自社株保有比率は18・1%。毎年1000億円以上のフリーキャッシュフローを安定的に生み出しており、御手洗会長は「3000億―4000億円のM&Aならいつでもできる」と意欲をみせていた。
「全てを本社からコントロールするつもりははない」(御手洗会長)
「医療事業を大きくするための千載一遇のチャンスだ」―。1月の決算会見での田中稔三副社長の言葉は、今回の買収にかける本気度の表れだった。
キヤノンは1月から始まった5カ年計画で新たな経営の柱として医療機器事業を強化する方針を打ち出す。同事業の歴史は70年以上と古い。強みである光学技術や画像処理技術などを活用し、眼底カメラやX線デジタル装置などを展開。ただ事業規模は小さく、売上高1000億円を当面の目標としていた。
成長に向け、次の主力と位置づける遺伝子分野ではベンチャー企業への出資や技術提携を行う。しかし同分野は発展市場でもあり、事業化には時間がかかる。目標達成にはすでに確立された市場で、実績を上げている企業を取り込むことが不可欠。東芝メディカルの売却は、まさに渡りに船だった。コンピューター断層撮影装置(CT)や磁気共鳴断層撮影装置(MRI)などへ領域を広げ、事業拡大を狙う。
キヤノンは東芝メディカルをどう運営するのか。御手洗会長は以前から「全てを本社からコントロールするつもりははない」と、買収した企業の経営の独立性を維持する方針を示している。事実、近年立て続けに行っているM&A(合併・買収)でも、それぞれの経営陣は独自に運営している状況だ。おそらく東芝メディカルも同様だと見られる。
キヤノンが新規事業育成に力をかける背景には、既存事業で売り上げの約9割を占める事務機・カメラ市場の成熟がある。現在、新規事業全体の全社売り上げに占める割合は14―15%程度。この比率を引き上げ、1兆円にすることが当面の目標だ。実現すれば15年12月期に3兆8002億円だった売上高を、20年に5兆円にする目標にも手が届く。
同時に「M&Aは優良企業でしかやらない」(御手洗会長)方針。キヤノンが今後注力する産業分野は、主に材料、医療、ロボット。「無借金経営」を掲げてきたキヤノンだが、これを打ち崩してもやるべきと判断した大型M&A。これまで築いてきた強固な財務基盤があれば、市場は成長ドライブを加速したと評価するだろう。
(文=政年佐貴恵)
日刊工業新聞2015年11月5日/2016年3月10日の記事を再編集