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装飾も料理もない。流行の観光列車とはひと味違う「里山トロッコ」の魅力

小湊鉄道(千葉県)が18日から運行。記者試乗リポート
**純粋に車窓の空気を味わえる幸福
 3月18日、小湊鉄道の「里山トロッコ列車」運行が再開される。豪華寝台列車にレストラン列車、走るアートから足湯車両まで。さまざまなコンセプトの観光列車が人気を集める中、「最近のトレンドとは逆のアプローチを狙った」(石川晋平小湊鉄道社長)里山トロッコ列車とはどのようなものか。一足先に試乗してきた。

 東京駅から1時間半と少し。上総牛久駅(千葉県市原市)で待っていたのはピカピカに磨き上げられ黒く光る機関車だった。小さくかわいらしいが、煙突から白い煙を吐き、ドレンコックからエアーを噴出させると迫力満点。小湊鉄道が創業当時に導入した1923年製のC型コッペル蒸気機関をディーゼルエンジンで再現したものだ。

窓ガラスがなくテラス席のような展望車


 ここから養老渓谷駅までの10駅、約18・5キロメートルの旅が始まる。客車は4両。小湊鉄道の定期列車で使われているキハ200形をベースにしたどこか懐かしさを感じさせる車両。2両は窓ガラスがなくテラス席のような柵だけの展望車、残り2両には窓がありエアコンもつく。天井は全車両ともガラス張りだ。

 ゆっくりと走り始めると、沿線で手を振る姿がたくさん見える。列車も汽笛を鳴らしてうれしそうに応える。汽笛は倉庫に残っていた大正時代のものを取り付けたそうで、デジタルでない生の音が耳に心地よい。

 時速は20-25キロメートル。展望車の柵の外を見ると、菜の花が咲き、桜のつぼみもふくらみ始めていた。車掌さんによると、運行が始まる頃には一面が黄色とピンク色に染まるという。田んぼに水が張られる季節も良さそうだ。丘を削ってレールを通した「切り通し」を走る時は、両サイドぎりぎりに崖が迫りちょっとしたスリルも味わえる。

 その先は里山らしい、手入れされた雑木林が続く。トンネルに入ると車内は真っ暗になった。トンネル内のひんやりした空気と独特の臭いに包まれ、少し不安になる。数秒後、オレンジがかったやわらかな明かりが瞬きながらともった。

五感全てで里山を感じる


 五感全てで里山の風を感じられるように車体が設計されていることを改めて感じる。壁は法規で認められるギリギリまでカット。日本で走る鉄道車両では最大の開口部を持つ。内装もとことんシンプルで、天然木を使ったボックス席が並ぶだけだ。目を引く装飾もなく、コース料理も運ばれてこない。そもそもテーブルがない。「逆のアプローチ」の意味は、「いらないものを全て取っ払う」(同)ということだった。

 里山トロッコ列車誕生のきっかけは、保線作業用レールバイクの爽快感を味わってほしいと考えたこと。そして、養老川流域の美しい里山風景を肌で感じてもらうにはどうすればいいか。社員が知恵を出し合って完成したのが、壁や窓を取っ払った車両だ。

 石川社長はこのトロッコ列車に「SATOYAMAの案内役」という使命を与えている。景観だけではない。美しい養老川のほとりで自然と調和する人々のライフスタイルをトロッコ列車と通じて見せる。里山の美しさは「自然と人がお互いさまの関係でずっと続いている」(同)ところにある。

 里山トロッコ列車も、この「お互いさま」の中で走る。“SL風”機関車の中身は、第3次ディーゼルエンジン排ガス規制をクリアしたボルボ製クリーンディーゼルエンジン。煙突からの煙は、舞台演出に使う発煙装置によるもので臭いもなく、沿線で暮らす人々にも優しい。レトロに見える照明もLED電球だ。里山の風景、そして人々の暮らしと一体となって、ずっと続く列車であってほしい。小湊鉄道社員のそんな思いが感じられる。

 また”SATOYAMA”という表記は、国際語としての里山文化を意識したものだ。石川社長は「自然を保護する”対象”として対立的に捉える文化圏で暮らす人たちにも、自然と寄り添う里山の暮らしを新しい価値観として楽しんでもらえれば」と考える。

古さと新しさがやわらかく溶け込む


 里山文化は古いもの、昔からの暮らし方をただ守るものではない。新しいテクノロジーを取り入れ、新しい人や考えを受け入れながら、人も自然も皆が一緒に末永く続いていくこと。いらないものを全て取っ払った里山トロッコ列車は、そんなやわらかな暮らしの中をゆっくりと走って行く。

 趣向を凝らした内装やサービスで、乗ることそのものを楽しめる観光列車が相次いで誕生している。里山トロッコ列車には派手な演出はないが、鉄道員自らがデザインした車両で、純粋に車窓の空気を味わえる。ローカル線をのんびり走る鉄道旅の良さを思い出させる列車ができた。

 ちなみに、下り列車(養老渓谷駅行き)は機関車がけん引し、上り列車は最後尾から列車を押す推進運転。国内では珍しい。他にも鉄道ファンや子供たちが楽しめる仕掛けが色々ある。料金は乗車券と別に500円。小湊鉄道のホームページや電話で予約できる。
(文=千葉・曽谷絵里子)
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明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
里山トロッコ列車は2015年11月に運行開始したが、直後(2回目の運行時)に部品が破損し運休。3月18日に再開、これを読むだけで行きたくなった。

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