生活者が求める「普段着」の家電をつくる アイリスオーヤマ「強さ」の秘密
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「シンプル、リーズナブル、グッド」を目指す哲学
わが家ではこの夏、布団クリーナーを導入した。家族がそろってダニアレルギーだからだ。
家族の“家電担当”である夫が量販店で購入して持ち帰ってきたのは、私が想定していた通りの、「普通の」布団クリーナーだった。聞けばアイリスオーヤマ製という。売場には有名家電メーカーのものもいくつかあったが、夫いわく「高いわりに性能やデザインがとりたてて優れているわけでもなかった」。そこで、機能はそこそこ充実、価格はお手頃、ネットのレビューも悪くないアイリスオーヤマのものに決めたらしい。
『アイリスオーヤマ 強さを生み出す5つの力』(日本経済新聞出版)で、アイリスオーヤマの大山健太郎会長が唱える「SRG哲学」を知って、納得した。「機能はシンプルにしよう。価格はリーズナブルにする。品質はベストやベターではなく、グッドでいい」というものだ。まさにシンプル、リーズナブル、グッドが、わが家の布団クリーナー選びの決め手となった。
大山会長は1964年、東大阪の従業員数5人のプラスチック製品の下請け加工工場「大山ブロー工業所」を19歳で引き継ぎ、いまや東北を代表する企業の一つであるアイリスオーヤマに育てあげた。現在の従業員数は6000人を超える。2018年には息子の晃弘さんが社長業を引き継いだ。
この間、アイリスオーヤマは、下請けからメーカーとなり、園芸用品、ペット用品、家電、米まで事業を拡大してきたほか、法人ビジネスやベンダー業も兼ねるなどビジネスモデルも進化させ続けている。型にはまらない、融通無碍で不思議な会社だ。『アイリスオーヤマ 強さを生み出す5つの力』は、そんなアイリスオーヤマの「強さ」を第三者の視点から、特徴やユニークな取り組みなどで「5つの力」に分けて整理し、分析している。
著者の松村進さんは日経産業新聞副編集長。94年に日本経済新聞社に入社以来、一貫して企業報道を担当している。
「人事の力」を支える「透明で厳格」という流儀
松村さんが挙げるアイリスオーヤマの5つの力とは、「人事の力」「共有の力」「地方の力」「失敗の力」「変化の力」だ。それぞれについて、5~6個の仕組みや秘密が紹介されている。
「人事の力」の一つとして紹介されているのが、ユニークな評価システムだ。例えば、主任以上幹部社員の人事考課基準。3分の1が「各自の実績」、もう3分の1が「360度評価」、そして残りの3分の1が、事前に与えられた課題に沿って本人が書く「論文」とそれに基づく「プレゼンテーション」だという。
業績や実績には運・不運の要素があるため、それを排除するための評価手法とのことだ。結果、「34歳で執行役員になる人間もいれば、50歳で課長止まりの人間もいる。むしろ、それが平等」という大山会長の言葉が、本の中に紹介されている。年功序列とは縁遠い評価制度であり、会社にぶらさがる従業員を減らす一方で、成果を上げられる優れた従業員のモチベーションを高めるのは間違いないだろう。
論文を書かせるのは、社員のものの考え方が、どのくらいのレベルまで達しているかを、アイリスの基準で見きわめるのが目的だ。係長、課長のクラスでも、経営者目線で問題をとらえ、アイリスオーヤマをよりよくする方向性や具体策、アイデアを出せる論文が評価される。テーマは、「事業計画を達成するために自分の部署は何をすべきか」といった具体的なものから、「幹部社員としての人間力をどう高めるか」といった抽象的なものまで幅広いという。
「人事の力」ではほかにも、新入社員が研修の過程で、まだ身に付けていないスキルを色分けされたリボンをつけて「見える化」する仕組みがあったり、パナソニックや三洋電機といった大手メーカーの出身者を積極的に採用したりといった施策が紹介されている。
若者の早期退職に悩む企業は多いが、大山会長はZ世代と自身の人生観の共通点として「やりがいや達成感を得ること」をあげている。この2つが若者にもベテランにも共通なのは間違いない。それを支えているのが、アイリスの「透明で厳格」という評価の流儀だ。
生活者が使うのは「普段着」の家電
アイリスオーヤマといえば家具やプラスチック製の小物のほかに、いまでは家電メーカーの印象を持つ人も多いだろう。実は同社が家電に本格的に進出したのはわりと最近の話だ。足掛かりは、09年に参入したLED照明事業だったという。それをきっかけに家電量販店との取引関係が広がるにつれ、既存の家電には複雑で高機能すぎ、価格もそれなりにするものが多いことに気づかされた。だが、一般の家電に対するニーズは、シンプルで使いやすい製品のはずだという発想から、冷蔵庫やエアコン、テレビなどにまで手を広げて成長を続けてきた。
わが家で布団クリーナーの購入を検討した際も、何か特別な機能を備えた布団クリーナーが欲しかったわけではない。使いづらさがなく、ダニ由来のアレルゲン除去という役割を普通に果たしてくれれば十分で、誰かに自慢するものでもなく、見栄を張るつもりもない。価格も安いにこしたことはない。たいていの生活者が、家電に求めているのはそういった程度のものではないだろうか。
大山会長はこれを、衣食住の「衣」にたとえて「我々の生活用品は、ほとんどが『普段着』にあたる」と表現する。より高性能、より高い技術を競い合う家電の市場は、もちろんある。しかし、誰もがそんな「晴れ着」の家電を求めているわけではない。大多数の生活者は「普段着」の家電がほしいのだ。いわば「家電版ユニクロ」ともいえるアイリスオーヤマは、そのポジションを維持すれば、さらに成長していけるかもしれない。
アイリスオーヤマは、自社のあり方を「下請け」「プラスチック製品メーカー」といった枠にはめず、何度も自らの殻を破って変化を続けてきた。それこそが同社の「変化の力」に他ならない。さらにその変化の過程で、生活者の目線を決して忘れない。同社の「5つの力」から、あらゆる業種が成長のヒントを見出せることだろう。(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)
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松村 進 著
日本経済新聞出版
232p 1,760円(税込)