ホンダジェットの顔である藤野道格の感慨。「夢と若さだけを持ってスタートした」

日本初公開!事業会社が設立された2006年から変わったこと、変わらないこと。

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右から藤野道格ホンダエアクラフトカンパニー社長、伊東孝紳ホンダ社長、山本芳春ホンダ専務
 23日に国内で初公開したホンダの小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」。すでに欧米で100機以上を受注し、米ノースカロライナ州グリーンズボロの組立工場で量産体制を整えている。当局の型式認定を取得でき次第、2015年中に納入が始まる見通しだ。航空機事業会社のホンダエアクラフトの藤野道格社長は会見で「最新の安全基準に沿って設計したホンダジェットは、高い競争力と信頼性を備えている」と強調。将来の日本市場への参入にも意欲を示した。2006年、ホンダエアクラフトが設立された直後の藤野氏へのインタビューがある。「夢と若さだけを持ってスタートした」から今がある。

【2015・4・23】
 「性能と快適性において、小型ビジネスジェット機の新しいスタンダードを切り開くホンダの自信作」―。ホンダの伊東孝紳社長はホンダジェットの実機を前に、こう評価した。

 ホンダジェットの最大の特徴は、エンジンを主翼上面に配置した点にある。通常の小型ビジネスジェット機はエンジンを胴体に取り付けている。ホンダジェットは独自のエンジン配置により、客室と荷物室の容量を確保。高速飛行時の空気抵抗も大幅に低減した。機体の価格は約450万ドル(5億4000万円)。14年6月の量産1号機の初飛行成功後、北米13カ所で顧客やディーラー向けの試乗会を実施した。

 今回のツアーでは4月27―28日に成田国際空港で試乗会を実施。5月19―21日にスイス・ジュネーブで開かれるビジネス航空ショー「EBACE2015」で欧州初公開する。その後は欧州9カ所で試乗会を開き、受注獲得につなげる。
 
 【有望市場は南米とアジア】
 現在、世界のビジネスジェット市場は年700機程度とされる。2008年秋のリーマン・ショック前と比べて半減したが、30年には同1500機まで回復・拡大するとの予測もある。

 ホンダジェットが属する小型ビジネスジェットは20年ごろに年350機程度の市場になるとの試算がある。ホンダエアクラフトの藤野道格社長は、世界市場の現状について「今の市場規模でみると北米、欧州の次に有望な市場は南米」と説明。ただ「伸び率は南米に比べてアジアが高く、20年にはアジアの市場規模が南米を抜く見込み」(藤野社長)で、中長期的にアジア地域での受注活動も強化する構えだ。
 
 日本市場も「以前はそれほどでもなかったが、最近は問い合わせが多くなってきた」(同)。20年の東京オリンピック・パラリンピック開催に合わせて、政府がビジネスジェットの受け入れ態勢を整備する動きもある。「規制緩和の働きかけなど、熱意を持ってビジネスジェットの普及に努めている人もいる。すぐにではないが、長期的にはチャンスがある」と、藤野社長は日本市場への期待を示す。
(日刊工業新聞2015年04月24日3面一部加筆・修正)

【2006・8・18=藤野インタビュー】
 ホンダが悲願の航空機事業に参入する。創業者の本田宗一郎氏が最初に航空機に対する夢を語ったのは1962年。40年以上かかって小型ビジネスジェット機という形で結実した。ただ今回の事業化は“ホンダ・スピリッツ”という言葉に象徴される夢への挑戦ではない。「ビジネスとして勝算あり」というのは、このほど事業化に向けて米国に設立されたホンダエアクラフトカンパニーの藤野道格社長(45=当時)。開発責任者として、これまでの苦労や今後の戦略を聞いた。

 ―86年に開発プロジェクト発足後、何度か頓挫しかけたようですが。
 「立ち上げ時はチーム全員が航空機ビジネスの経験がなく、まさに試行錯誤の連続。試験設備もなく、飛行機の模型を作り、車の上に乗せて自分たちで走らせ実験していた。あまりに壁が多すぎて、どれが壁だか分からない。夢と若さだけを持ってスタートした」

 ―最も危機的だった状況は。
 「研究開発を始めて10年目ぐらいだ。ホンダが参入するなら画期的な技術、価値がないと意味がない。正直、その時点ではそこまで到達できていなかった。経営陣や社内も、そろそろあきらめないとダメかという雰囲気があったのも事実だ」

 ―その状況を打破できた理由は。
 「ホンダにはいつも夢を持っている人がたくさんいる。その夢を受け止めてくれるトップもいた。小型ジェット機のビジネス提案を最初にしたのは97年の冬。その後、主翼の上にエンジンを配置する画期的な技術の実用化にめどをつけた。ただ航空機開発の技術には“飛び技”はない。5%ずつの技術改良の積み上げによって、トータルで燃費性能が約3割向上できた」

 ―これまで日本企業が航空機事業で成功した例はあまりない。しかもホンダの場合は機体とエンジンを両方開発するビジネスモデル。リスクも大きいのでは。
 「日本の航空機産業は利益構造が防衛に偏っていることなどから、コスト競争力に乏しかった。エンジンと機体はそれぞれに膨大な開発費がかかる。特にエンジン開発は非常にクリティカル。エンジンは米GE(ゼネラル・エレクトリック)との合弁で協力しており、今のビジネスモデルの方がコストや性能でむしろ競争力があると思う。あらゆる角度から『HondaJet』の市場性を調査し、無謀ではなく勝算のあるチャレンジだと確信している」

 ―どのような顧客をターゲットにしていますか。米国ではエアタクシーというビジネスも注目されていますが。
 「小型ジェット市場の中ではハイエンドの顧客がメーン。価格は400万ドル以下を想定している。ホンダには自動車で培った内装などの高い設計力があるのも強み。エアタクシーの市場は楽観、悲観の両面の見方がある。ホンダは保守的な計画を立てており、この市場はプラスアルファと考えている」
(聞き手=明豊)
 

日刊工業新聞2006年08年18日自動車面

COMMENT

明豊
執行役員 DX担当
デジタルメディア局長

1986年に基礎研究所設立の際に四つのテーマが与えられた。航空機、ロボット、エネルギー、食料だ。ロボットは二足歩行「アシモ」、エネルギーは太陽電池の量産、食料は稲の新しい遺伝子の発見と着実に成果を生み出した。移動する喜びを提供するモビリティーのリーディング企業になることがホンダの理念。航空機はその新しい1ページ。藤野さん東大の航空学科を出て、設計技師になりたくて、そこでホンダに入ったのがすごいところ。86年から航空機の研究開発・事業化に関わってきた。ホンダの社長はその間、何人か代わったがホンダジェットの責任者はずっと藤野さんのまま。その貫く姿勢は、苦戦するホンダの自動車事業を復活させるポイントではないか。

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