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「徒歩15分」で生活できる街をめざすフランスにみる モビリティ改革へのヒント

<情報工場 「読学」のススメ#118>『フランスのウォーカブルシティ』-歩きたくなる都市のデザイン(ヴァンソン藤井由実 著)
「徒歩15分」で生活できる街をめざすフランスにみる モビリティ改革へのヒント

パリ町並みイメージ

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電動キックボード関連の規制に見る日仏の違い

今年7月の道路交通法改正で、電動キックボードは16歳以上、最高速度20キロ以下であれば、運転免許なしで公道を走行できるようになった(ヘルメット着用は努力義務)。これを機に、電動キックボードのシェアサービスの普及が期待される。

同じく今年4月、フランスのパリで電動キックボード貸出サービスの存廃を問う住民投票が行われた。投票率は7.46%と低かったものの、反対票が89%にのぼり、この8月末でのサービス廃止が決定した。

パリでは2018年頃から、電動キックボードはクルマに代わる「排ガスを出さない移動手段」として注目を集めていた。ただし一方で事故も増えていたそうだ。

フランスと日本では、環境や文化、住民の意識などが当然異なる。そのため単純な比較はできないが、正反対の決定が同時期になされたことに興味をそそられた。フランスの街づくりの考え方は、それほど日本と異なるのだろうか。

『フランスのウォーカブルシティ』(学芸出版社)には、パリ、ストラスブール、ディジョンといったフランスの各都市の交通事情、街づくりの考え方や実績などについて詳述されている。著者のヴァンソン藤井由実さんは、パリを中心に、1980年代から欧州で通訳として活動。フランスにおける公共交通を導入した都市計画や、モビリティと都市空間の再編成、地方活性化などのテーマで調査・執筆を行っている。

パリの道や広場からクルマを排除

「15分都市」という言葉を聞いたことがあるだろうか。歩いて15分、自転車なら5分ほどの圏内で暮らせる生活環境を指す。要するに自動車を必要としない生活ができる都市である。仏パリ、ナント、ディジョン、ミュールーズのほか、スコットランドのエジンバラ、イタリアのミラノ、カナダのオタワ、上海など、いまや世界で注目を集めているという。

15分都市構想は2016年にフランスの大学教授によって提唱されたものだ。広まった背景の一つには、移動時間短縮でできた時間を活用してもっと生活を豊かにしようという発想があるようだ。コロナ禍において、日本よりはるかに厳格な都市封鎖の措置がとられたフランスでは、人々の行動範囲が半径1km以内に制限された。自宅から徒歩圏の生活環境に関心を持つ人が増え、15分都市構想も定着したようだ。

パリの15分都市構想で具体的に進められたものの一つに、主幹道路の歩行者空間への転用がある。かのシャンゼリゼ通りも毎月第1日曜日、完全にクルマが排除されるという。

恒久的な措置もある。「大広場」からの自動車の排除がそれだ。パリにはバスティーユ、パンテオン、イタリア、ガンベッタなどの大広場がいくつもあるが、そのうちの七つを自動車進入禁止とし、植栽を施すなどして市民の憩いの場としたのである。

このほか、学校前の道路への自動車進入禁止、エッフェル塔付近の公園化、さらに2021年8月末からは、少数の幹線道路を除く全道路へ時速30km制限が適用されるなど、思い切った政策が次々と打ち出されている。コロナ禍の最中には、仮設自転車専用レーン50kmの整備も行われた。

整備前はクルマのロータリーと化していたバスティーユ広場が、整備後には緑に溢れ、多くの住民が歩き回っている写真に、ハッとさせられる。どちらがより健康的で、住民に望まれる街かは明らかだろう。なぜ世界中の都市がこうならないのだろうかと、ふと考えさせられる。

ビジョンを起点に考える街づくり

パリの取り組みを、日本で同じように実現しようとすれば、反対意見が噴出するのが目に見えている。道路から自動車を締め出そうとすれば、自動車所有者、モビリティサービス、宅配、運輸業者などが大きな影響を受ける。簡単に実現するとは思えない。

ただしフランスに、新たな政策に対する反対派がいないかというと、そうではない。例えば、30kmの速度制限については、パリ市は2020年、市民に1カ月間の意見徴収を行ったという。5,736人が参加し、5,445人がオンラインで意見を述べた。回答者の63%はパリ市民で、その59%が賛成、もしくは条件付きの賛成。一方、回答者のなかで、パリ郊外の住民(パリ市へ通勤する人が多い)の意見を見ると、半数を超える61%が反対だ。それでも政策は実行された。

反対意見もあるなかでの「合意形成」のプロセスについては本書に詳しい解説があるので参照されたい。15分都市構想のメリットはというと、パリの場合、近隣商店の生き残りを図れることが大きいようだ。ネット通販が普及する現代、遠方からわざわざパリのリアル店舗を訪れる買い物客は減っている。そのなかで、徒歩による移動を増やせば、住民が近隣に落とすおカネが増えるはずだ。パリでは、こうした政策を推し進めるイダルゴ市長が直近も再選を果たしている。「住民が政策を支持していること」の表れだと、この本の著者であるヴァンソン藤井さんは述べている。

徒歩や自動車による移動を増やすことで、近隣商店が活性化するならば、過疎化が進む日本国内の地方都市でも似た取り組みが考えられそうに思える。

本書に、日仏の考え方について興味深い指摘があったので最後に紹介したい。ざっくりまとめると、日本は現状を出発点とし、将来の交通への影響を検証しながら街をデザインするのに対し、フランスはビジョンを出発点とし、ビジョンの実現のために必要な措置をとる、というのである。

市民などユーザーの利用する移動手段は「供給」によって変化する。つまり、現状から将来を推計して道路をデザインすると、当然、車道ばかりが必要になる。それでは、ビジョンは描けず、街は変えられない。

これは、変化が苦手なあらゆる組織や個人に対するメッセージのようでもある。現状の延長線上で考えるより、実現したいビジョンに向けて、まずは動いてみようということだろう。ウォーカブルシティは、街づくりに限らずさまざまな示唆を与えてくれる。(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

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『フランスのウォーカブルシティ』
-歩きたくなる都市のデザイン
ヴァンソン 藤井 由実 著
学芸出版社
272p 2,970円(税込)
<情報工場 「読学」のススメ#118>
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
この本の書名にある「ウォーカブル」という言葉は、街づくり、都市計画の文脈では「居心地がよく、歩きたくなる」という意味で使われるようだ。日本では2020年に成立した「改正都市再生特別措置法」が「ウォーカブル推進法」とも呼ばれ、地域単位でウォーカブルなまちなか創出の取り組みが始まっている。ただ、パリのような大都市における、これほどまでに大胆な取り組みは、日本ではまだない。ウォーカブルの定義に「居心地のよさ」が含まれているように、近年では利便性に加えウェルビーイングが重視される傾向にあるのではないだろうか。単に公共交通機関を整備するだけではなく、市民の「心」に迫る施策が望まれるところだ。

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