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世界初「軽水素とホウ素による核融合実験」に成功、スタートアップが描く未来

世界初「軽水素とホウ素による核融合実験」に成功、スタートアップが描く未来

TAEはFRCで核融合反応を起こす(同社提供)

3月、自然科学研究機構核融合科学研究所(岐阜県土岐市)と米国の核融合スタートアップ「TAEテクノロジーズ」(TAE、カリフォルニア州)は共同で、軽水素とホウ素による核融合実験に世界で初めて成功した。軽水素とホウ素による核融合は、重水素と三重水素を使った一般的な核融合に比べて反応条件は厳しいが、放射線である中性子が発生しない点で優れる。今回の成果について、TAEの最高科学責任者(CSO)でカリフォルニア大学教授の田島俊樹氏は「軽水素とホウ素による核融合実現の入り口に立った」と力説する。

炉壁が放射化するリスク軽減

TAEは1998年に創業し、長年にわたり核融合発電に挑戦してきた。核融合スタートアップとしては最古参の存在だ。核融合は重水素と三重水素の核種を用いるのが一般的だが、非主流の軽水素とホウ素による核融合を目指している。

今回の実験は、核融合研の大型ヘリカル装置(LHD)で行った。磁場で閉じ込めたプラズマにホウ素の粉末を振りかけた後、時速1500万キロメートル超の速度で側面から軽水素を照射してホウ素にぶつけ、核種同士を融合。この核融合反応によって生じたヘリウムをTAEの計測器で捉えた。

重水素と三重水素による核融合では反応の際、放射線である中性子が発生する。中性子は膨大な熱エネルギーを持つが、遮蔽(しゃへい)が難しく、炉壁に当たると金属を放射化し、放射線を出す放射性物質に変化させてしまう。

TAEが開発するFRCプラズマのイメージ(同社提供)

これに対し、軽水素とホウ素では反応の結果、高温のヘリウムしか出ないため、炉壁が放射化するリスクが小さい。反応条件が難しいという課題もあるが、それでもTAEが軽水素とホウ素の核融合を目指すのは、創業者の故ノーマン・ロストーカー氏の遺志を受け継いでいるからに他ならない。

ロストーカー氏はカリフォルニア大学アーバイン校(UCI、カリフォルニア州)のプラズマ研究者であり、田島教授は教え子に当たる。73年、田島教授はロストーカー氏に初めて会った際「プラズマの理論は構築された。これからはそれを使った応用が重要だ」と説かれた。その応用の一つが核融合であり、50年もの歳月を経て師の教えを実現しようとしている。

ロストーカー氏が唱えたのが「End in Mind」(出口から考えよ)という思想だ。では、核融合発電における出口とは何か。それは安定的にエネルギーを生み出し続ける装置を成立させることだ。そのためには、軽水素とホウ素の核融合しか道はない―。TAEはそう結論付けた。田島教授は「中性子が出ることによる安定運転への影響は大きい」と指摘する。

高い安全性、装置小型化へ

一般的な核融合発電を阻む主な課題は、中性子による放射化と超電導コイルの性能劣化にある。放射化は保守が困難になるなど、安定運転に支障を来す恐れがあった。また超電導コイルに中性子が多く当たると、熱により超電導特性が失われる「クエンチ」という事象が発生する。これを防ぐため、中性子を遮蔽(しゃへい)する炉壁を大きくすると、今度は装置全体が巨大になり、コスト増につながる。

「周辺機器については協業していく必要がある」と日本企業への期待を語る田島教授(取材はオンラインで実施)

一方、軽水素とホウ素では中性子が出ないことから放射化の懸念がなく、装置のコンパクト化にもつながる。ただ、核融合を起こすための反応温度が極めて高く、重水素と三重水素よりも30倍のプラズマ温度が必要になるという。このため国際熱核融合実験炉(イーター)のように強力な磁場でプラズマを閉じ込めるトカマク型の方法や、レーザーで核融合反応を起こす方法は使えない。そこでTAEが採用したのが、磁場反転配位(FRC)型という炉系だ。

FRCは理論上、閉じ込め性能が高い高エネルギーのプラズマを作ることができる。まず線形装置の両端で閉じ込め効率が低いプラズマを生成。それらを中央に向けて加速させ、二つのプラズマを合体させて閉じ込め効率が良いプラズマを作る。プラズマの性能が高まると外側から強力な磁場で閉じ込める必要がなくなり、プラズマ自身が持つ磁場によって閉じ込められる。

従来はFRCのプラズマを一定時間、閉じ込めることが難しかったが、プラズマに外部から高エネルギーを与える方法で課題をクリアした。これらの方法について、田島教授はプラズマを「自転車」に例えてこう表現する。「自転車はペダルをこぐまでは不安定で転びやすい。だが、ひとたびペダルが回り、進み始めると安定して前に進む。プラズマも同様にエネルギーを高めていけば、自分自身が作る磁場によって安定的に閉じ込められる」。

具体的にはこうだ。まずFRCのプラズマに外部から加速器でエネルギーを加える。加速器からのエネルギーを受け取ったプラズマは、自身が持つ磁場の閉じ込め性能が高まり、安定化するという仕組みだ。今後建設する実験装置や商用炉では加速器のパワーを上げ、よりプラズマにエネルギーを与える。同時に高エネルギーになったプラズマが外側に広がろうとするのを抑えるため、超電導コイルを導入する計画だ。

高温に耐える材料開発不可欠

事業体制も着々と整いつつある。2022年には米グーグルや住友商事などから2億5000万ドル(約336億円)の資金調達を実施。またグーグルの計算機の知見を生かし、開発を効率化している。ロストーカー氏が抱いた夢はTAEに受け継がれ、今、花開こうとしている。田島教授は「(ロストーカー氏が)20年以上研究してきたプラズマや装置の知見を進歩させてきた結果だ」と強調する。

核融合においてプラズマ研究は進展しているが、発電にはエネルギーの取り出しや装置としての安全性が求められる。特にFRCは通常想定する核融合発電よりも高温のプラズマを使うため、それに耐えうる材料開発が不可欠だ。田島教授も「我々はプラズマの専門家ではあるが、周辺機器については協業していく必要がある。日本企業にはその点を期待している」と話す。

実現まで遠く、国が研究の主体だった核融合。しかし、10年ごろに急増した核融合スタートアップの存在は、この潮目に変化をもたらした。巨額の民間資金が流れ込むことで研究開発が加速。野心的なスタートアップは20―30年代に発電能力を実証すると意気込む。TAEもその1社だ。田島教授は言う。

「2、3年後に核融合発電を実現できるとは言わない。ただ30年かかる話ではない」。その目は核融合の「出口」を捉えている。

日刊工業新聞2023年5月4日

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