競争厳しい「宅配」、中小企業が生き残りへ「接客」磨く
軽貨物運送業でありながら「接客」を一つの武器に生き残りを図る中小企業がある。北商物流(東京都北区、瀬戸口敦社長)だ。宅配先でコミュニケーションを必要とする業務の受注を増やして単価を向上。収益力を高め、ドライバーの待遇改善にもつなげる。心理学者と契約して研修を実施するなど人材育成にも知恵を絞る。電子商取引(EC)の普及で宅配量は増えたが、軽貨物運送の価格競争は厳しい。北商物流は「接客配送」というブルーオーシャンを開拓し成長を目指す。(後藤信之)
「当社の契約ドライバーは全員が野菜を試食する」―。北商物流の瀬戸口勇専務は明かす。同社はビオ・マーケット(大阪府豊中市)が展開する有機野菜の会員制宅配サービスの配達業務を担う。体に優しいとされる有機野菜だが、形がふぞろいだったりする。そうした特性を「ドライバーからお客さまに丁寧に説明する」と瀬戸口専務は話す。
北商物流は瀬戸口社長が2011年に設立し、現在の社員は9人。外部ドライバーと契約して車両120台を手配できる体制を敷き、主に関東圏で事業展開する。ここ数年、売上高は微増だが、粗利益率はうなぎ上りで、17年4月期の15%程度から22年4月期は25%以上まで高まった。原動力となったのが、成長戦略として掲げる「付加価値の創造」だ。
宅配市場はECの普及にコロナ禍が拍車をかけ急拡大した。歩調を合わせ、ラストワンマイルを担う軽貨物運送事業者数(国土交通省調べ)も22年3月末で20万9250(20年3月末比18・3%増)と伸びた。ただ、物流業界の多重下請け構造は変わらず、中小や個人事業主が得る報酬は「低いまま」(瀬戸口社長)。北商物流も大手物流の下請けとして宅配業務を手がけていたが、十分な収益を確保できずにいた。
転機となったのが20年冬に始めた荷主との直接契約による家財の配送だ。届け先で設置や古い家財の回収まで担う。このほか有機野菜の宅配も「届けるだけ」の単純配送とは一線を画す。これらの配送では届け先でドライバーに接客力が求められる。これが付加価値の一つとなり受注単価が上がり、家財の配送では「繁忙期に月100万円水準の報酬を得る契約ドライバーもいる」(同)という。
接客を伴う配送は北商物流の業務のまだ一部だが、収益のけん引役となり、同社を特徴付ける「看板」になってきた。
一方、「接客配送」に代表される高付加価値業務を増やすためには、人材の質向上が欠かせない。そこで20年に明星大学心理学部の竹内康二教授と提携契約を結んだ。応用行動分析学を専門の一つとする竹内教授の専門知識を生かした研修を実施する。竹内教授の協力を得たことで、「研修の効果を説得力を持って取引先に伝えられる」(同)こともメリットだ。
北商物流の23年4月期の売上高は7億円弱の見込み。数年後に10億円台に乗せる目標を掲げる。鍵を握るのは接客を伴う配送。その需要は増えるのか。
概して商品そのものや価格による差別化が難しくなる中、多くの企業にとって顧客エンゲージメント(結び付き)の重要性が増している。ECにおいては「届け先のお宅は、店舗の延長線上と捉えるべき」と北商物流の松岡昇顧問(DHLサプライチェーン〈東京都品川区〉元社長)は指摘。届け先でのドライバーの振る舞いが店舗イメージに結びつくだけに「接客力が必要とされる配送の需要は伸びる」と分析する。
一方、10億円の目標達成に向け契約ドライバーを十分に確保できるかは大きな課題だ。以前から物流業界では人手不足が問題。さらにコロナ禍が落ち着いてきたことで、軽貨物運送業に流入したドライバーが「元の職場に戻るケースが増えている」(瀬戸口社長)。24年度には自動車運転業務で時間外労働の上限が年960時間に規制される。ドライバー争奪戦の激化は必至で、軽貨物運送業も影響を免れない。
人材確保に「秘策はない」と瀬戸口社長。今後も他社に先駆けた取り組みを積極的に実施し、ドライバーの業務環境や待遇の改善を積み重ねる考えだ。