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発刊から51年、田中角栄元首相『日本列島改造論』はなぜ支持されるのか

『日本列島改造論』復刻記念対談/田中真紀子氏 父の熱き夢、閉塞感破るヒント
発刊から51年、田中角栄元首相『日本列島改造論』はなぜ支持されるのか

今なぜ復刻かと問う井水社長(右)に、戦後の日本で政治に命がけで取り組んだ人がいたことを伝えたいと、田中氏は答えた

51年前に91万部の大ベストセラーになった田中角栄元首相の『日本列島改造論』(日刊工業新聞社刊)。その復刻版が3月に出版された。都市と地方の格差を正面から見据え、「人と経済の流れを変える」ことを目的に国土のグランドデザインを描き直した。半世紀たってもその中身は色あせることなく、今の混迷する経済や社会の行く末の羅針盤となり得る。出版を機に長女の田中真紀子氏と日刊工業新聞社の井水治博社長が対談した。

今、発信に意義 現代の羅針盤にも

井水 『日本列島改造論』は昨年(2022年)6月に発刊50周年を迎えました。私は1971年の入社なのですが、執筆中の角栄さんのところへ資料や原稿を運ぶお手伝いをさせていただいたのを覚えています。なぜ今、復刻版の発刊を決意されたのでしょうか。

田中真紀子氏

田中氏 だいぶ以前に井水社長から「復刻しませんか」とお話をいただいていましたが、自分の中でその時はピンと来ませんでした。でも最近になってロシアによるウクライナ侵攻という蛮行や世界で広がる格差の拡大と分断の固定、そして日本でも重苦しい閉塞(へいそく)感が漂う中、心を痛め、「私ができることは何かないか」と自問していました。私はもう政治家ではありませんが、父のような「政治に熱い思いを抱いて戦後の日本で命がけで取り組んだ人がかつていたことを、今の世の中に発信することは意味があるのではないか」と思い至りました。何しろあの熱量たるや、娘の私からしても息苦しいくらいの人でしたから。

井水 久しぶりに読み返したのですが、まるで「予言の書」みたいで、あらためて驚きます。工業の地方への再配置や本州四国連絡橋(本四連絡橋)の実現、全国の高速道路網の整備、リニア中央新幹線やインターネットを先取りした「情報列島」だけでなく、環境問題や働き方、格差是正など今の国連の持続可能な開発目標(SDGs)のような主張も出てきます。角栄さんはこの本を出した翌月、首相になりました。いわばマニフェスト(政権公約)のようなものでした。

田中氏 もちろん父が一人ですべてを書いたわけではないのでしょうが、父には財界やマスコミ、自治体などいろいろな人からの情報が集まっていました。いつも家の書斎は書類だらけで、連日深夜まで勉強していました。何しろ議員立法を117本も手がけたようですし、ことに数字にはめっぽう強い。そこに長年温めてきた父の夢を掛け合わせてあの本ができたのだと思います。それに加えて父は選挙応援などで全国隅々まで自分で行ってその土地を見ていたので、情景が目に焼き付いていたのだと思います。決して頭の中だけで考えたものではありません。そういえば私が学生時代にも、「四国のあの山の階段の石積みが珍しい」「会津若松の旅館が素晴らしかった」とか言って、「今度の夏休みに行ってこい」としきりに勧めていました。自分の目で見ることの大切さを伝えたかったのだと思います。
 本四連絡橋と言えば、だいぶ以前に「瀬戸内海に橋を3本かける。お父さんはやるんだ」と聞かされ、当時は夢のような話だったのであきれたのを覚えています。四国のみならず全国津々浦々を歩いた経験の持ち主でしたから、「橋をかけるならあそこ」とか具体的に言っていました。あるときは「北海道にはトンネル。佐渡島には橋をかけよう」とか言って、一級建築士の資格を持っていたので、自分で図面を引いたりしていました。そのたびに私はおなかを抱えて大笑いしていました。だって、どう考えても当時は夢のような話でしたからね! 今思うと誰かに話すことによって、頭の中を整理したのかもしれません。

日刊工業新聞社社長・井水治博

格差是正、生涯追究 情報で人生変わる

井水 角栄さんの主張でずっと一貫しているのが都市や地方など、格差の是正ですね。

田中氏 父は新潟県の旧西山町(現柏崎市)の生まれなのですが、4人の妹のうち2人が病気で亡くなったそうです。お医者さんを呼ぼうにも雪で来られない。とにかく不便で、「格差をなくさないといけない」と骨身にしみていたのだと思います。もちろん道路や新幹線などのインフラの整備も大切ですが、それ以上に「情報過疎が一番ダメだ」と言っていました。「情報格差」の是正ですね。『日本列島改造論』にも出ていますが、父は「情報列島」の考えの中で、今のスマートフォンみたいに「これからテレビ電話の時代がくるぞ」とも語っていました。格差は道路とか物理的なことだけではなく、情報があるかないかが大事で、「それで人生は大きく変わるんだ」と相当熱弁を振るっていました。

井水 角栄さんは今年で没後30年を迎えます。しかし、関連書籍の出版が相次ぐなど、今なお人気は続いています。復刻版も発刊後、読者から「このような指導者が現れることを期待しています」といった感想をいただきました。こうした「角栄待望論」をどう思われますか。

田中氏 今のような政治や社会の閉塞感を前に、父のような政治家が求められるというのはよく分かります。私、父を見ていて優れた政治家になるためには三つの要件があると考えています。一つは「世界や国家をこうしたい」という経綸(けいりん)の持ち主であること。燃えるような熱い思いです。二つ目は自分の選挙に圧倒的な強さで勝ち続けることです。圧倒的にね。最後は野党のみならず自分の政党内での権力闘争で生き残ることです。派閥抗争は熾烈(しれつ)で恐ろしい世界です。でもそこで必ず生き残らないといけない。この三つの条件がそろってはじめて『日本列島改造論』のような自分の夢を世の中に問うことができるのです。ただ、敗戦後の焼け野原から立ち上がった当時と、インターネット社会に生きる今とでは時代背景があまりに違います。同じような人物の登場を期待するのは難しいのではないでしょうか。
 でも、確かに50年前と今とでは、物質面や情報量、科学技術の進歩など状況は著しく違いますが、この本を読むことで当時の父の生き方や思いを知り、今の閉塞感を打破するような機運が少しでも高まれば、泉下の父も喜んでくれることと思います。

<書籍情報>
 書名:復刻版 日本列島改造論
 著者名:田中 ⻆榮
 判型:四六判
 総頁数:248頁
 税込み価格:1,980円

<販売サイト>
Amazon
Rakuten ブックス
日刊工業新聞ブックストア   

<目次>
『日本列島改造論』復刻にあたって(田中眞紀子)
序にかえて
Ⅰ 私はこう考える
Ⅱ 明治百年は国土維新
Ⅲ 平和と福祉を実現する成長経済
Ⅳ 人と経済の流れを変える
Ⅴ 都市改造と地域開発
Ⅵ 禁止と誘導と
Ⅶ むすび

日刊工業新聞 2023年04月21日

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