薄くて軽く、曲げられるペロブスカイト太陽電池を生んだ「人の交流」とは
幅広い視野の獲得に役立つ書籍をビジネスパーソン向けに厳選し、10分で読めるダイジェストにして配信する「SERENDIP(セレンディップ)」。この連載では、SERENDIP編集部が、とくにニュースイッチ読者にお勧めする書籍をご紹介しています。
次世代太陽電池の大本命
今年2月、積水化学工業とNTTデータは、フィルム型「ペロブスカイト太陽電池」を建物外壁に設置する国内で初めての実証実験を、4月から開始すると発表した。既存の建物の外壁に太陽電池モジュールを設置する方法の確立や、垂直面における発電効率の確認などが目的だ。東芝やアイシンも、ペロブスカイト太陽電池の事業化や実証実験に前のめりだ。
ペロブスカイト太陽電池は次世代太陽電池の大本命で、ノーベル賞クラスの発明ともいわれている。薄くて軽いフィルム状で、簡単に曲げられ、設置場所を選ばない。紙にインクを印刷するように「塗って乾かす」だけで簡単につくることができ、低コスト。しかも、レアメタルを使わず、材料はほぼ国産でまかなえる。エネルギー変換効率は従来型のシリコン太陽電池と肩を並べる高さで、曇りや雨の日、室内照明などの弱い光でも発電可能だ。
桐蔭横浜大学の宮坂力・特任教授が中心となって開発した日本発の画期的技術である。『大発見の舞台裏で!』(さくら舎)では、宮坂教授自身が、ペロブスカイト太陽電池の発見の経緯、利点や仕組みの詳細とともに、自らの研究者としての半生をまとめている。
本書を読むと、いくつもの「偶然」が重なりあって、現在の技術に至っていることがわかる。宮坂教授はこれらの偶然を「運よく」と表現するが、その「運」は、地道な研究の積み重ねに加え、ご本人の生き方や心がけが引き寄せた「必然」とも感じられる。
人との出会いと交流を重視
ペロブスカイトとは、もともとは鉱物の名前で、物質名はチタン酸カルシウム。ただし、宮坂教授らが使うペロブスカイトは人工の合成物で、酸素をハロゲンに置き換えたハロゲン化物だという。
宮坂教授のもとでペロブスカイトを使った太陽光発電の実験が始まったのは2006年。当時、宮坂教授はすでに52歳だ。というのも、宮坂教授の経歴には、紆余曲折があったのだ。早稲田大学時代は、建築に携わりたいと考えていた。しかし、成績や就職しやすさといった打算も含めた妥協の結果、特別に好きでもなかった化学の道を進むことになったという。
東京大学大学院へ進み、1981年に富士写真フイルム(現・富士フイルム)に就職。ここで、写真やフィルムの技術を応用した色素増感太陽電池の研究などに携わる。同社で20年の研究員生活を送った後、2001年に47歳で桐蔭横浜大学院工学研究科教授に転身。この時、学生がやりがいを感じそうな研究課題として、同大学にフィルム型の色素増感太陽電池を持ち込んだ。04年には大学発ベンチャーとして、ペクセル・テクノロジーズを設立。現在も代表取締役を務める。
こうした「真っ直ぐではなかった道」を進む宮坂教授の生き方や価値観は、技術的な解説とは別の、この本の大きな魅力だ。加えて私見ながら、この本から読み取れる宮坂教授の、特異と思われる能力を二つとりあげてみたい。
一つは、「人と人とを出会わせ、交流させる力」だ。ペロブスカイト太陽電池の開発には、6~7人が関わっていて、誰が欠けても生まれていなかったと、宮坂教授は述べる。例えば、色素増感の代わりにペロブスカイトを使って発電してみたいと考えた大学院生・小島陽広さん。当時、宮坂教授は、彼の扱うペロブスカイトという材料がどんなものか、よく知らなかったという。それでも、やる気のある人が加わるのを歓迎し、ペクセル・テクノロジーズの研究者から紹介された彼を、外部研究生として受け入れる。
また、桐蔭横浜大学で学部から大学院に進み、博士号まで取得していた村上拓郎さんを、宮坂教授はスイス連邦工科大学ローザンヌ校に紹介し、留学させる。村上さんはそこで、色素増感太陽電池の研究者、ヘンリー・スネイスさんと出会い、ペロブスカイトの話をする。スネイスさんは、後にオックスフォード大学の研究員となり、マイク・リーさんを宮坂教授の研究室に送り込んでペロブスカイトの作製方法を学ばせる。リーさんは、オックスフォード大学に戻った後、スネイスさんと共に、ペロブスカイトを使った太陽電池の変換効率を劇的に上げ、10%の大台に乗せることに成功。この成果を、宮坂教授との共著で論文として発表したことで、一気に世界中からペロブスカイト太陽電池に注目が集まった。
宮坂教授は、ペロブスカイト太陽電池に関わる人たちの真ん中にいた。そして、彼らをあっちへ連れていったりこっちへ紹介したりと、いわば「ハブ役」となった。その能力は、オープンな姿勢、よそ者を受け入れる、多様性、面白がる力、あるいは人徳など、呼び方はさまざまだろうが、人と人を出会わせ、交流させる力が強いのは間違いない。
徹底的にこだわる力
二つ目は、「こだわる力」が尋常ではないことだ。「人の1.5倍勉強しなければ」と思い詰めたり、トイレにいくことさえ我慢して仕事を続けてしまったりもするらしい。スピードや柔軟性を求められることは、正直得意ではないという。反面、コツコツと集中して物事に取り組む力がとんでもなく強いことを、自負をもって語っている。
短期で成果を求められるビジネスの世界でいうと、瞬発力やスピードは目に付くため、能力として評価されやすい。しかし、宮坂教授のように、目立たないことを長く地道に続け、ブレイクスルーまでもっていく力は、短期的には評価されづらい。だが、それは、ノーベル賞級の研究成果につながる力であることは間違いない。
ところで日本発のペロブスカイト太陽電池だが、現在、世界に約3万人いる研究者のうち、中国人が半数を占める。それに対し、日本の研究者は1000人ほど。今後、中国が実用化を進めれば、コスト面やスピードにおいて日本勢が劣勢なのは明らかだろう。冒頭で紹介した例を始め、国内での今後の取り組みに期待がかかる。
そして、人と人との交流、また、地道な研究を徹底的にこだわって続けていける人材を評価できる環境の大切さを、この本から改めて認識したい。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)
SERENDIPサービスについて:https://www.serendip.site/
『大発見の舞台裏で!』
宮坂 力 著
さくら舎 240p | 1,650円(税込)