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ツインバード、地域に根ざして世界を目指す小規模家電メーカーの挑戦

<情報工場 「読学」のススメ#112>『ツインバードのものづくり』(野水 重明 著)
ツインバード、地域に根ざして世界を目指す小規模家電メーカーの挑戦

ツインバード公式サイトより

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新潟・燕三条地域に生まれた家電メーカー

新型コロナウイルスのワクチンは熱に弱いため、マイナス数十度という低温で保管・移送する必要があるという話題を、覚えているだろうか。当初、コールドチェーンと呼ばれる移送の経路が課題になった。国内では2021年2月から第1回目のワクチン接種が始まったが、そのタイミングで政府からの受注を受けて冷凍庫を供給した4社のうちの1社が、ツインバードである。

ツインバード製のスターリング冷凍機「ディープフリーザー」は、従来型のコンプレッサー型とは異なり、コンパクトで16.5kgと軽量、持ち運び可能だ。マイナス40度まで冷やせて温度制御が得意という。ワクチン接種開始に向けて必死だった政府から1万台という大量受注を受け、従業員数わずか約300人のツインバードはリスクをとって大型投資を実施したほか、地元の協力企業にも相談し、平時の10倍の生産体制で応じた。

その気概に心打たれる話だ。が、このツインバードという会社について、私はほとんど何も知らなかった。

創業は1951年。新潟県の燕三条地域にある家電メーカーである。近年こそ家電量販店にも商品を並べるようになっているが、そのブランドや歴史、商品の詳細を知る人は多くないだろう。

創業当初は下請けのメッキ加工業を営む小さな町工場だったという。そこから年商100億円を超える現在に至るまでの挑戦や葛藤、さらに今後の方向性までを、同社三代目で2011年に現職に就いた野水重明社長が『ツインバードのものづくり』(プレジデント社)に記している。同社のたどってきた道のりは、大企業と戦う中小企業、あるいは都市部の企業と戦う地方企業、さらには事業承継に悩む全国の中小企業にとって、多くのヒントを示してくれる。

地域性を活かした経営

著者の野水社長は、ツインバードが現在の姿にまで成長できた理由として大きく3つをあげている。

1つ目は、下請けを脱する決断をしたことだ。1962年、発注元企業の状況による影響をダイレクトに受けるという課題を克服するため、自社製品を開発して販売するという道を選んだ。2つ目は、時代にあわせてビジネスモデルを変化させてきたことだ。フライパンやお盆といった金属ハウスウェアメーカーから家電メーカーへと転換した。そして3つ目は、燕三条地域という金属加工の町の技術を活用できたことである。

近年、国内には、ツインバードの他にも小規模の家電メーカーが複数誕生している。高級家電のバルミューダ(2003年設立)、「面白家電」をうたうサンコー(2003年設立)、空気清浄機や加湿器などを手掛けるカドー(2011年設立)などである。が、これらはいずれもファブレス企業だ。ツインバードはその点、本社工場をはじめ、国内外に自社工場を持ち製造を手がける。これは、燕三条というものづくりの町の強みを生かせるということでもある。

水野社長は、祖父と父親が地元で経営を続けてきた姿を見て育った。それ故、地域に支えられているという意識がより強いようだ。例えばこんなエピソードがある。2000年代に先の冷凍庫への先行投資がかさみ、5期連続の赤字という厳しい時代を経験した。その際、叱られるのを覚悟で取引先の企業に話をしにいくと、「長年お世話になっているから」「会社には良い時もあれば、悪い時もある」「大丈夫だよ」と励まされたそうだ。また、ツインバードの代表的な商品である「全自動コーヒーメーカー」は、ビジネスパートナーである地元の協力企業の知見を積極的に取り入れて完成させたという。ものづくり企業の集積地にあるが故の強さだろう。

バルミューダ、カドー、サンコーはいずれも東京に本社を構えている。一方、ツインバードは燕三条地域に根を張り、それを強みとする経営を行っている。近年、地域発ベンチャー企業の呼び込み、起業支援などが活発だが、地方創生で重要な要素の一つは、その地域の特徴や強みを生かす産業を元気にすることだ。

ちなみに野水社長はフェラーリやIKEAなどの世界的ブランドが人口6万人以下の小さな都市から生まれていることに触れ、人口8万人の燕市、9万人の三条市を比較して、「燕三条地域から世界的なブランドが生まれても不思議ではありません」と、夢を膨らませている。

新たなブランドコンセプトで挑戦を続ける

今、ツインバードは新たな挑戦の途上にある。約10年間にわたって考え続けた結果、「心にささるものだけを。」という新たなブランドプロミスを掲げ、2021年にリブランディングを発表した。さらに、約2年間をかけ、約600あった商品点数を約300にまで減らした。ブランドを体現するような競争力、収益力がある商品に絞り込むことで、サプライチェーンやバリューチェーンを最適化するという方向性を打ち出したのだ。

社内の反発は少なくなかった。会社を去った社員もいたという。それでもこの本からは、改革を断行した野水社長の覚悟が感じられる。地域に根付き、企業を成長させよう、自分が引っ張って行こうという、強烈な気概が伝わるのだ。

直近、ツインバードは原価の高騰や円安の影響も受けて苦戦している。しかし、野水社長の掲げるコンセプトは、先が見えない不透明な時代にあっても明確である。ツインバードが今後さらに成長すれば、それに勇気づけられる地方発の企業は少なくないはずだ。今後も挑戦を続け、地方発のものづくり企業のモデルであり続けてほしい。(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

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『ツインバードのものづくり』
野水 重明 著
プレジデント社 268p 1,870円(税込)
情報工場 「読学」のススメ#112
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
大容量の冷蔵庫など家族向けの商品が必要なく、生活家電に関しては当たり前に動けばいいと考えている私は、量販店やAmazonなどで、できるだけ廉価の商品を探すことが多い。だが、最低限レベルの性能や耐久性は欲しい。そうなると当然、リーズナブルな日本製が候補に残ることが多くなる。だから、ツインバードという名前はしばしば目にしていていた。シンプルでコスパのいい、品質に信頼のおける本当に良いモノを作り続ければ、有名ブランドにこだわらない今の若い世代の人気を獲得できるのではないだろうか。何かのきっかけでSNSで話題になり、あっという間に人気ブランドになるかもしれない。

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