「ワイヤーハーネス」「巻き線」…EV市場へ先行投資活発化、電線業界が問われること
電線業界で電気自動車(EV)市場の拡大を見据えた先行投資が活発化している。海外生産拠点の増強や、軽量なアルミニウムを使ったワイヤハーネス(組み電線)の拡販、電気モーター内の巻き線などに使われる銅の効率的な加工技術の開発など、取り組みは多彩だ。2023年度は世界的な半導体不足に伴う自動車の減産の影響が続く見通しで、電線各社の足元の業績が楽観できない中、将来に向けた種まきの実効性が問われる。(高島里沙)
海外生産拠点を増強
欧州連合(EU)は22年10月、ガソリン車の販売を35年に事実上禁止することで合意した。日本電線工業会の伊藤雅彦会長(フジクラ会長)は「欧米を中心に環境規制の前倒しが進む。30年までに(EVの普及加速に向けた)各国の大きな動きが出てくるだろう」と見通す。
EV普及に伴い、ワイヤハーネスやモーター関連の巻き線などの需要は伸びるとみられる。ワイヤハーネスは自動車の“神経”や“血管”とも言われる電線の束で、電源供給に加え、信号や情報を伝送する役割を持つ。自動運転やEVの普及などで自動車1台当たりの回路数が増え、作業の複雑さも増している。
ワイヤハーネスの生産は労働集約型のため、人手に頼る部分が多い。矢崎総業は中米のグアテマラやエルサルバドルなどで投資を推進。生産拠点を自動車メーカーの近くに集約し、メキシコ、ニカラグアを含む中米での生産を強化する。
フジクラもEV向けワイヤハーネスの生産をメキシコ工場で始めた。北米・南米における新車種での需要を取り込む狙い。生産設備の強化に1800万ドル(約24億円)を投入し、メキシコの2工場で合計約3000人を新たに採用するなど、稼働に向けて生産体制を整えた。
軽量化やカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)推進の観点から、銅線を用いたワイヤハーネスをアルミに置き換える動きも出ている。古河電気工業はアルミのワイヤハーネスの拡販を進めており、21年度末の6社56車種から25年には8社100車種への搭載を見込む。小林敬一社長は「防水性や、カーボンニュートラルである点が評価されている」と強調する。
古河電工のアルミワイヤハーネスの特徴は、アルミ電線用の防食端子「α端子」にある。電線を接続して防食機能の役割を果たすなどの技術的な優位性を持つ。同社はワイヤハーネス全体の売り上げに占めるアルミのワイヤハーネスの比率が4割で、今後6割まで引き上げる方針だ。
またパワーモジュール用基板などの材料に用いられる無酸素銅条や、バッテリーセンサー関連の抵抗材料などもEV普及の潮流に合わせて拡販する。
改良重ね市場開拓、加工性・省スペース対応
昭和電線ホールディングス(HD)傘下の昭和電線ケーブルシステム(川崎市川崎区)は、25年頃のEV市場参入を目指して、車載バスバー(電池やモーターなどをつないで電気を流す部品)用に、被覆付きの平角線を開発した。同社では加工性や導電性、溶接性などに優れる独自の高機能無酸素銅「ミディップ」を採用。電気配線の主流である高圧ハーネスと比べて省スペースで設置できる点が特徴だ。今後も改良を進めながら、本格的な市場参入を目指す。
EVは大容量電池などの搭載で車載スペースが限られる中、新製品は薄型の配線を可能にし、他の電気部品のための空間を確保できる。また従来のケーブルより正確な成形を実現する。放熱性に優れ、同じ断面積のケーブルと比べて最大で15%多い電力を供給する。
加工のしやすさも特徴だ。高圧ハーネスは組み立て時に手作業で取り付けるが、バスバーは形状が固定されているためロボットで配置することも可能。工程を自動化することで現場の作業負荷を軽減できる。
他方、EVでは効率的な銅の加工技術も求められている。電気モーター内の巻き線や、各種の配線には銅が大量に用いられる。アルミ製のワイヤハーネスが普及しても、ワイヤハーネス以外の部分で使われる銅の量は増える公算が大きい。
EVにおいて銅加工が必要なキーコンポーネント(主要部品)は電池、モーター、インバーターの3点。例えばリチウムイオン電池(LiB)モジュールには電池箔の切断や溶接、導体部品であるバスバーの溶接が必要。また、電動アクスル(電動車の駆動装置)にはモーターの巻線溶接やバスバー溶接が欠かせない。
古河電工では22年11月に、部品のレーザー加工実験や検証を実施するレーザーアプリケーションラボ「CALL(コール)」を、古河電工トヨタテクニカルセンター(愛知県豊田市)内に開設した。ハイブリッドレーザーの溶接装置「ブレイスエックス」を設置し、銅の溶接加工の生産性向上を追求。主要部品の溶接高速化や小型化、設計自由度の向上などを訴求する。
電線各社は足元の環境を楽観できない。世界的な半導体不足の解消が必ずしも進んでおらず、自動車の生産回復に影を落としている。日本電線工業会の伊藤会長は「コロナ前にはほど遠い状況だが、22年の下期は上期よりも回復している。自動車部門の戻りを期待したい」と語るが、戻りのスピードは不透明な面もある。各社はそうした中、将来のEV市場開拓に向けた活動をどれだけ進めていけるかがあらためて問われる。