トヨタ・日産・ホンダどうする?…EV向け巨額投資、迫られる厳しい経営判断
脱炭素に向け世界が車の電動化を加速している。ただそのスピードは地域で異なり、独自のルールがサプライチェーン(供給網)を分断する。地域ごとにきめ細かな対応が求められるが、電池を含めた電気自動車(EV)の開発や生産には多額の投資が必要で、各国政府の思惑通りに需要が伸びる保証もない。車各社は道なき道を切り開くような厳しい経営判断を迫られる。(西沢亮)
米インフレ抑制法に危機感 電池部材、現地調達必須に
「米国で車両と電池を生産しなければ立ちゆかなくなる」。日系自動車メーカー幹部は2022年8月に米国で成立した歳出・歳入法(インフレ抑制法)に強い危機感を示す。
同法ではEV購入者に最大7500ドル(約100万円)の税額控除を設けた。ただ控除の対象になるには、北米での車両生産以外に、電池に使う重要鉱物や部品の一定割合を、北米などから調達する条件も課された。
現状、EV電池の供給網には中国や中国関連企業が広く関与している。野村証券の桾本将隆アナリストらは同法が「米国でEV電池のサプライチェーンを再構築するための強力なインセンティブになる」と見る。
実際に同抑制法成立後、車や電池メーカーの動きは活発化している。ホンダは22年8月、韓国のLGエナジーソリューションと米国で車載電池の合弁工場を設立し、両社で44億ドルを投じると発表した。トヨタ自動車はノースカロライナ州で計画している電池工場に約25億ドルの追加投資を表明。日産自動車は26年からミシシッピ州の工場での新型EV4車種の生産を決めた。
また独フォルクスワーゲン(VW)は22年8月、電池に使うリチウム、コバルト、ニッケルなどの原材料確保のためカナダ政府と覚書を締結。米ゼネラル・モーターズ(GM)は電池材料の安定調達に向けニッケル製錬事業を計画する豪州企業への投資を発表するなど、原材料確保に向けた動きも相次ぐ。
一方、こうした北米への投資をけん制するかのように、マクロン仏大統領は22年12月、インフレ抑制法への懸念を表明。バイデン米大統領は欧州の同盟国の排除が目的ではないと応じ、微調整する意向を示した。また同法の詳細な運用方針が明らかになっておらず、各社が今後の計画を見極める状況も続く。
足元で数%にとどまる米国のEV販売比率だが、現地に進出する日系乗用車各社にとって、世界販売台数の約3割を占める北米市場での電動化対応は喫緊の課題だ。ただ電池を含めたEV工場への投資額は既存工場と比べケタ違いに膨らむ。また供給網の現地化には時間もかかるため迅速な決断も求められる。日系車幹部は「不透明な需要を見極めながら、しびれる経営判断が続く」と覚悟する。
中国系、存在高まる 日系、新車投入で巻き返し
中国のEV市場は勢いを増している。中国汽車工業協会によると22年1―11月期のEV販売は前年同期比89%増の約473万台、新車全体に占めるEV販売比率は19%だった。市場全体の新車販売は同3%増の約2430万台に留まり、EVが全体を押し上げる。
けん引するのは中国の車メーカーや米テスラだ。調査会社のマークラインズによると同期のEV販売は中国の上汽通用五菱汽車の小型車「宏光ミニ」が約49万台で首位。テスラのスポーツ多目的車(SUV)「モデルY」が約42万台で続き、中国の比亜迪(BYD)の小型車「ドルフィン」が約18万台で4位となった。上位10車種は前述の3社に中国の車メーカー2社を加えた5社が占めた。
同期の乗用車全体の販売シェアを国ごとのブランド別に見ると、中国系は21年暦年と比べ4・7ポイント増の50%に拡大。独系は同1ポイント減の19・1%、日系は同2・4ポイント減の18・7%に減少した。ある部品サプライヤー幹部は「EV向けの補助金を含めると、日系メーカーのガソリン車は中国系メーカーのEVに売り負けている」と指摘。中国系ブランド躍進の背景にはEV販売での成功がうかがえる。
英調査会社のLMCオートモーティブは22年に中国の主要国産ブランドの生産に占めるEV比率は平均30%に近づくと見通すが、「現地生産する外資系ブランド(テスラを除く)のEV比率はわずか5%と推定される」とし、供給面での大きな違いを指摘する。
日系車メーカーも巻き返しを図る。ホンダは22年にEVブランド「e:N(イーエヌ)」シリーズの第1弾を投入し、EV専用の現地工場建設を発表した。日産は旗艦EV「アリア」を発売。トヨタは23年以降にBYDなどと共同開発したEVの発売を予定する。
世界に先駆けEV市場が広がる中国では、各国の車メーカーがこぞってEVの品ぞろえや現地生産を拡大している。日系車幹部は「中国はEVの品質も先行していく。中国から日本などEVの普及が緩やかな地域への輸出も考えられる」と見る。中国市場に踏みとどまれるかは、世界戦略にも影響しそうだ。
地域別の対応も課題に
【EU 35年ガソリン車販売禁止】
大幅なルール変更でEVシフトをけん引するのが欧州市場だ。欧州連合(EU)は22年10月、35年にガソリン車の販売を事実上禁止することで合意した。また電池の製造から廃棄までライフサイクル全体の二酸化炭素(CO2)排出量の開示などをメーカーに求めることでも政治的に合意。再生可能エネルギーが豊富な欧州での電池供給網の構築が、EVの競争力を左右する可能性が高まる。
仏ルノーはEV新会社を設立し、フランスを中心に生産拠点を構築。部品の8割を300キロメートル圏内で調達してコスト競争力を高める。連合を組む日産は同新会社への出資を検討。量産効果を高めた小型EVの共同開発も計画する。VWや独メルセデス・ベンツグループもドイツを中心にEVの供給体制を整備する。IHSオートモーティブは30年の欧州のEV販売比率を56%と予測。30年時点のEV販売比率では中国の44%を上回り、欧州のEV市場の急拡大を見込む。
【日本 軽EV社会ニーズに合致】
「走行距離を割りきってでもEVを購入したい方がいることが分かった」。日系車メーカー幹部は、日産と三菱自動車が22年6月に発売した軽EVが、新たな市場を切り開いたと高く評価する。
両車種は日産が開発を主導し、三菱自が生産を担当。電池などの基幹部品を複数車種と共有して量産効果を追求し、補助金込みの実質購入価格で100万円台を実現した。
22年1―11月期の日本のEV販売は前年同期比2・6倍の約5万台。うち両社の軽EVは計約2万2000台と4割以上を占めた。ガソリンスタンド減少地域のニーズを満たすなど社会課題に応えた点も評価を得る。
EVはこうした需要だけでなく、火力発電に頼った電源構成や、充電設備といったインフラ面でも地域で違いがある。また電池材料の高騰は大衆車としての価格の維持を難しくし、販売を補助金に頼るような状況も続く。EV一辺倒では克服が難しい課題も多く、ハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)には現実的にCO2を減らしてきた実績がある。業界アナリストは「先が読めない中ではEVもHVも進めながら、両モデルのシナジーを追求していくことが、車各社の腕の見せ所ではないか」と見る。
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