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神戸大発スタートアップは、なぜバイオファウンドリを「遺伝子治療」に限定するのか?

神戸大学発スタートアップのシンプロジェン(神戸市灘区)はこのほど、みずほ銀行やジャフコグループなどを引受先とする第三者割当増資で約5億4000万円の資金調達を実施した。

同社は神戸大大学院科学技術イノベーション研究科の柘植謙爾特命准教授が開発したDNA合成技術を基に設立された。従来よりもコストを抑えながら、長鎖DNAを合成できる。この技術を生かし、遺伝子治療に適したウイルスベクターを開発するバイオファウンドリ事業を展開する。今後の事業戦略について、山本一彦最高経営責任者(CEO)と山田尚之最高技術責任者(CTO)に話を聞いた。

――強みであるDNA合成技術について教えてください。

山本CEO:ウイルスベクターは大腸菌などを使い、「プラスミドDNA」を合成し、これを複数使用して製造する。大腸菌の課題は長鎖DNAの合成に不向きで、コストが高い点だ。

我々のDNA合成技術「OGAB法」は合成が難しかった長鎖プラスミドDNAを、コストを抑えながら合成できる。特徴は枯草菌の特性を生かす点だ。プラスミドDNAはDNAの断片を集積して作る。大腸菌を活用する場合、DNAの断片を環状化して菌に導入しないといけない。短いDNAでは比較的簡単に環状化できるが、長いDNAでは難易度が上がる。枯草菌は環状化していないDNA断片でも、菌自身の中に取り込んで環状化してくれる。DNAを環状化する工程をなくすことで、大腸菌では合成の難しかった長鎖プラスミドDNAを簡単に作れる。また、複数使っていたプラスミドDNAを一つにまとめることも可能だ。ウイルスベクターの製造に必要なプラスミドDNAが減ることで、コストダウンを図れる。

――バイオファウンドリは欧米を中心に多くのプレイヤーがいます。事業を遺伝子治療に限定するのはなぜでしょうか

バイオファウンドリ:バイオ製品の生産性向上やコスト低減化を可能にするシステム。DNAを設計、構築し、データ解析を通じて次の設計に生かす「DBTLサイクル」(設計・構築・評価・学習のそれぞれの頭文字)を回すことで、研究開発の期間を短縮する。

山本CEO:DBTLサイクルの肝は開発サイクルを高速化し、データベースを蓄積することだ。このデータベースを使うことで、開発期間を短縮できる。この分野の代表的企業である米ギンコバイオワークスは大腸菌など、さまざまな種類のバイオファウンドリを手がける。我々は遺伝子治療に使うウイルスベクターに焦点を当てている。もちろん、さまざまな種類を手がけるよりも顧客が限定されるというデメリットはある。一方で事業を絞り込むことで、DBTLサイクルをより高速化できるメリットがある。遺伝子治療の市場は伸びていく。ヘルスケア事業の特性上、収益性は高い。5年や10年も赤字ではなく、2024年度か25年度には黒字化できる公算だ。

山田CTO:バイオファウンドリでは競合も同じように開発期間が早くなっていく。そこでDBTLサイクルのどの部分で差別化点を打ち出すかが重要だ。我々の強みは「Build(構築)」の部分だ。構築には遺伝子情報の一部を変更する「ゲノム編集」と「DNA合成」が必須技術だ。ゲノム編集の産業利用には基本特許が不可欠。DNA合成に関しては短いDNAはすでにレッドオーシャンだが、我々には長いDNAを合成できる独自技術がある。ここは強力な差別化点だ。事業を限定することで効率よく投資し、DNA合成の工程は自動化を推し進めている。また製造プロセス開発の需要もある。ここもDNA同様、知見が重要になる。この二つの領域で事業を進めたい。

――日本マイクロバイオファーマ(東京都中央区)とはプラスミドDNA、製薬大手のメルクとはウイルスベクターの医薬品製造品質管理基準(GMP)製造で協業します。

同社のラボ

山本CEO:今回の協業は我々に欠けていたものを補完できる。我々が設計したプラスミドDNAやウイルスベクターを製造するパートナーを確保したことで、設計から製造まで一気通貫の体制を構築できた。海外では製造プロセスからGMP製造を受託するプレイヤーがいるが、国内にはいない。これはパンデミックの際に大きな問題になる。まずは我々の技術でウイルスベクターの製造コストを下げることを実証する。その後、海外への展開を狙う。

米国にも新しいモダリティを対象に、開発に加え製造までを手がけるナショナルレジリエンスがいる。日本国内で事業展開する我々が製造拠点まで抱え込むのは資金的に難しいが、パートナー企業とのジョイントベンチャーや特許をライセンスしていく形で製造の領域を補っていく可能性はある。品質の良いものを早く作れても意味がない。適切な価格で提供することも目指す。

――遺伝子治療の知見を他領域のバイオファウンドリに生かすことも想定しています。

山田CTO:現在でも目的の物質を作る「スマートセル」のDNAを合成する受託事業を行っている。カーボンニュートラルへの移行技術としてDNA合成技術を活用していく形だ。今回みずほ銀行が出資した理由はここだ。我々の技術が遺伝子治療だけでなく、幅広い産業へ応用できる点を評価してもらえた。

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