日中国交正常化50年、学術界に求められるオープン&クローズ戦略の実践
科学とは政治や経済と違って国境のない活動だ。国と国の関係が冷えても最後までオープンに交流できる分野として機能してきた。一方で米中対立では先端技術が主戦場の一つになっている。科学と技術は不可分であり、オープンを前提としてきた学術界にも適切な情報管理が求められている。日中国交正常化から50年。学術界もオープン&クローズ戦略の実践が求められる。(小寺貴之)
中国 基礎傾倒も応用志向
「中国は文化大革命の時代を除き、一貫して科学技術を強力に振興してきた」と科学技術振興機構アジア・太平洋総合研究センターの黒木慎一副センター長は説明する。2000年から20年にかけて国の研究開発費総額は14倍に伸び、米国に次ぐ規模となった。この間日本は1・3倍、米国は1・8倍だ。
特に07年の科学技術進歩法の改正で、国の経常収入の増加幅よりも科学技術投資の増加幅を大きくすると規定し、毎年予算を拡充してきた。黒木副センター長は「自国を法律で縛ってまで科学技術に投資する国を他に知らない」と説明する。結果として、国別の科学論文は質と量ともに世界一になった。
12年には中国共産党中央委員会はイノベーション駆動型の発展に舵を切る。先進国を追いかけるキャッチアップ型から、自らイノベーションを仕掛ける側に回る。そのために基礎研究を強化し、中国国内で「空前の状況」と言われるほどの基礎研究への傾倒が起きている。
研究開発能力は一時的な成績よりも継続的な蓄積が重要だが、長期的な投資が可能になっている。
ただ中国の基礎研究は応用志向だ。大学は経費の35%を企業から獲得しており、大学と企業の距離は近い。日本は同3%、米国は6%と中国は突出している。そのため何の役に立つか分からない純粋な基礎研究は少ないとされる。実際、18年時点で国としての基礎研究の投資割合は5・5%で日本の15・2%や米国の16・6%と比べると小さい。中国は現在6%の基礎研究費を8%に増やす方針だ。
キャッチアップ型の応用研究から社会実装までつなげる産学連携体制に加え、基礎研究をイノベーションにつなげる先進国モデルを構築しようとしている。
日本 国際研究、留学生頼み
この間、日本は中国から多くの留学生を受け入れてきた。19年5月時点では12万4000人の中国人留学生を受け入れている。これは留学生全体31万2000人の38%に当たる。コロナ禍を経て21年5月時点では全体が24万2000人、中国人留学生が11万4000人と47%を占める。
留学生の数は国際共同研究の数と連動する。国際共同研究で実際に手を動かすのは留学生だ。そして就活に忙しい日本人大学生に比べ、博士号取得を目指す中国人留学生は研究室の戦力になる。大学経営と研究室の競争力は中国人留学生なしには成立しない。日本と中国はキャッチアップ型からイノベーション駆動型への転換を目指して科学技術政策を打ってきた。日本では経済的成功の後に学術界と産業界の距離が広がり、産学連携を強化して出口志向の啓発や戦略的な研究投資を進めてきた。この間、大学の運営費交付金が削られるなどして現在は自由に使える基礎研究予算への要望が大きくなっている。中国でも基礎への回帰が起きている。そしてドローンなど中国の成長目覚ましい分野の研究者からは「日本の技術優位性は前提にできない」という声もある。大学の研究成果が実用化される5―10年後に日本の産業界が中国に比べて優位である保証はない。基礎研究を実用化するまでの膨大な開発投資を担えるのはどこか。研究者や技術者は自身のキャリアパスに直結するため冷静に見極める必要がある。
こうした状況で米中対立が激しさを増している。黒木副センター長は「オープンサイエンスを前提としつつも経済安全保障上の対応とのバランスが重要になっている」と説明する。エネルギーや先端半導体などの重要技術については、技術流出を防ぐための適切な情報管理が求められる。
仕組み作りはこれからだ。研究テーマごとに情報を開示可能な範囲やレベルを検討することになる。現在の大学は脆弱(ぜいじゃく)で管理強化は必須だが、留学生差別は許されない。松田侑奈フェローは「中国教育部からは日本への留学生について米中対立の影響は聞こえてこない」と振り返る。米国も中国人留学生を多く受け入れ続けており、黒木副センター長は「マクロ的には米中対立の影響はほぼ見えない」と説明する。
日本の学術界にとってオープン&クローズの体制整備は経験が乏しく手探りになる。大学の組織改革では急激な変化を求めることは難しかった。情報管理の仕組みを複数用意し、本当に運営できるのか試す期間が必要だ。実現できれば日本国内の産学連携も一歩前に進む。次の10年は米中関係を見ながら、国も大学もオープン&クローズの両立を模索する期間になりそうだ。