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真に価値ある医薬品創出へ、「ペイシェント・エンゲージメント」を知っていますか

真に価値ある医薬品創出へ、「ペイシェント・エンゲージメント」を知っていますか

聴覚障がいを対象とした第1回「ヘルスケアカフェ」

「患者のために」から「患者とともに」。病気や障がいのある患者の視点を医薬品の研究や開発に生かす「ペイシェント・エンゲージメント」(患者との協働)の実践に向けた活動が日本でも本格化してきた。武田薬品工業、第一三共、協和キリン、参天製薬の製薬大手4社が協力し、患者と直接対話する取り組みを開始。文献や医師を介して「知ったつもり」になっていた患者についてより深く理解し、患者のニーズに合った真に価値のある医薬品の創出を目指す。今後、参画企業を増やし、日本で同活動を根付かせていく。(藤木信穂)

武田薬品など4社は各社が強みを持つ疾患領域で患者との交流の場「ヘルスケアカフェ」を順番に提供し、患者と研究・開発担当者の接点を増やす。聴覚障がいを対象とした第1回は武田薬品が中心となり、9月28日に神奈川県聴覚障害者福祉センター(神奈川県藤沢市)の協力を仰いで患者を集めた。聴覚障がいは人口の5%が罹患(りかん)し、増加傾向にあるが「最近、原因の追究が進み、製薬業界として社会実装に取り組むべきタイミング」(同社)であることからテーマを決めたという。

難聴研究の第一人者である順天堂大学医学部の神谷和作准教授(耳鼻咽喉科学)が「iPS細胞(人工多能性幹細胞)で難聴の医薬品をつくる」との題目で講演し、その後、聴覚障がいのある患者4人と各社の研究開発社員ら数人が登壇して対話した。

現在の補聴器や人工内耳には課題があり、治療薬が望まれている。患者からは「補聴器は慣れるまで調整に時間がかかり、聞こえの歪みがある」「人工内耳は騒がしい場所では聞き取りづらい」といった声が聞かれ、治療薬の開発に向けた課題などについて両者で意見を交わした。

武田薬品のケリー・デイビスリサーチニューロサイエンス創薬ユニット長は「(こうした活動により)今後、患者との協働が増え、非臨床研究の発展につながるだろう」と期待する。2回目以降は第一三共ががん、参天が視覚障がいの患者を招いて開催する。当面は数カ月に1回開き、その後は各社が1年に1回主催する予定。

さらに同日、武田薬品と第一三共はペイシェント・エンゲージメントによって、非臨床研究から創薬活動を行うための製薬企業研究者向けガイドブックを公開。非臨床段階で順守すべき制度やルールを明確化し、事例を基に具体的な遂行方法や留意点を盛り込んだ。2021年発行の初版は他の製薬企業や患者支援団体などにも提供しており、外部の意見や要望を反映した改訂版として発行した。

非臨床研究の早い段階で患者に直接、疾患の影響で起こる日常生活の問題点などを聞くことで、例えば、薬の投与経路などを確認でき、患者にとって利便性の高い新規の候補物質の方向性を定めることなどにつながる。

患者は医薬品の臨床試験には参加しているが、非臨床研究段階からのペイシェント・エンゲージメントは従来、日本ではあまり行われてこなかった。近年では、16年に日本製薬工業協会のタスクフォースが始動し、医薬品開発に向けたガイドラインの作成に患者の声が取り込まれるなど、実践的な活動は徐々に広がりつつある。

日刊工業新聞2022年10月6日

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