「マツダ再生」フォードの果たした評価難しく

広島の大企業意識変え、「ブランド価値経営」に走らせた

 フォードはマツダを介しても日本の自動車産業に関わっていた。マツダに出資したのは79年。ロータリーエンジンへの集中策が裏目に出て経営難に陥っていたマツダの25%の株式を取得した。96年にはさらに33・47%まで買い増してグループ化。同年から02年まで4代にわたって社長を送り込んだ。99年から02年まで社長を務めたマーク・フィールズ現フォード最高経営責任者(CEO)のように、送り込んだ役員には優秀な人が多かったと言われている。

 フォードによるマツダの改革には一定の成果があった。広島の盟主として大企業意識が抜けない風土の改革や、現在につながる「ブランド価値経営」を掲げ、走りやデザインの競争力強化に経営資源を集中させてきたことなどだ。

 一方で、スウェーデンのボルボを含めた3社間での、小型車向け車台(プラットフォーム)の共通化では、狙ったようなコストダウンの成果は出なかった。マツダが米国市場での販売力に後れを取っているのも、フォードの世界戦略の中で役割分担させられていた後遺症と言える。マツダのフォードグループ入りが果たして成功だったか失敗だったかは、両面あって評価が難しい。

 その後、リーマン・ショックによる経営悪化を受けて、フォードは08年以降段階的にマツダ株を売却。マツダの増資などもあって持ち株比率は2・08%まで低下していたが、15年4―9月期にすべて売却した。

 現在両社はタイでの車体生産と中国でのエンジン生産での合弁事業や、小型ピックアップトラックの共同開発など一部に共同事業を残している。ただ、主力事業は完全に別の道を歩んでいる。フォードの日本離れはマツダとの関係解消から見ても着々と進んでいた。
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日刊工業新聞2016年1月27日 深層断面から抜粋
日刊工業新聞電子版

明 豊

明 豊
01月28日
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まだフォード・マツダが資本提携を解消する前のことだ。ルノー・日産との企業統治の違いについて比較した記事を書いたことがある。どちらかといえば、前者に肯定的だった。記事にあるように、評価は両面ある。これは感覚なので定量的なデータがあるわけではない。自動車業界に限らず、日本とドイツ企業の提携の相性はあまりよくないと感じる。ある大手企業の社長も同じことを話していた。自動車ではいえば、三菱自とダイムラー、スズキとVWなどなど。

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