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ノーベル賞受賞、スバンテ・ペーボ教授インタビュー【再掲】

授賞理由「絶滅したヒト族のゲノムと人類の進化に関する発見」
ノーベル賞受賞、スバンテ・ペーボ教授インタビュー【再掲】

スバンテ・ペーボ教授

2022年のノーベル生理学医学賞が3日発表され、独マックス・プランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ教授が選ばれた。授賞理由は「絶滅したヒト族のゲノムと人類の進化に関する発見」。日刊工業新聞社では、20年にペーボ教授にインタビューしている。その模様を再掲する。

2020年の日本国際賞「生命科学」分野に独マックス・プランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ教授が選ばれた。ペーボ氏は古代人の骨に残っていた細胞からデオキシリボ核酸(DNA)を抽出して解析する「遺伝学的手法」を取り入れた。これにより古代人の「ネアンデルタール人」が現生人類の祖先と交雑していたことや、これまで知られていなかった「デニソワ人」の存在を明らかにするなど、古人類学の発展に貢献した。ペーボ氏に受賞の経緯を聞いた。

◇  ◆

―研究を始めたきっかけは何ですか。
 「子どもの頃から考古学に興味を持っていた。人類学はロマンチックと思っていたが実際は違っていて、大学では関心の対象が変わり分子生物学を学ぶことになった。分子生物学ではDNAの解析は一般的な手法だ。こうした背景があったので、エジプトに数多く存在するミイラを分子生物学的に解析しようというのはごく自然な発想だった」

―短いDNA配列をつなぎ合わせて全遺伝情報(ゲノム)を解明するというアイデアを、成功させる自信はありましたか。
 「研究の間には、いいときも悪いときも当然あった。実際に研究で決定した配列が間違っていたということもあった。研究を大きく前進させたのは科学技術の進歩だ。抽出したDNAを増幅させる『PCR』も、一度に大量の解析が可能な『ハイスループット』のような技術が登場したことで飛躍的に進んだ。成功には、理論的にネアンデルタール人のゲノムが決定できると信じて続けたことと、5年間の資金援助を受けられたことが大きく貢献している」

―今関心を抱いていることは何ですか。
 「ネアンデルタール人やデニソワ人の遺伝子がどのように変化していったか包括的に分かってきたので、次は遺伝子の機能を調べたい。研究の方法としては、iPS細胞(人工多能性幹細胞)やゲノム編集技術を使うことが考えられる。実際に、ヒトのiPS細胞にゲノム編集を施して遺伝子を巻き戻し、ネアンデルタール人の特徴を持つ細胞を培養するような実験をやっている」

―基礎的な研究が幅広い分野で使われるようになったことについてどう思いますか。
 「基礎研究を進める上で投げかけられる『これが何の役に立つのか』という問いには、知りたいという興味だ、という答えで十分だと考えている。古代人のDNA断片からゲノムを決定するという手法が、今では種絶滅した生物や細菌などの病原体、さらには法医学の領域でヒトにも応用されるようになったことは、うれしく思う」

【略歴】1986年スウェーデン・ウプサラ大卒、同年スイス・チューリヒ大博士研究員。87年米カリフォルニア大博士研究員。90年独ミュンヘン大教授、97年独マックス・プランク進化人類学研究所教授。99年独ライプツィヒ大名誉教授。スウェーデン出身。

【記者の目/ひらめきに挑む環境必要】
 「人類はどこから来たのか」という疑問に対し、ペーボ氏は遺伝子解析というアプローチによって、より本質に近づくという大きな可能性を示した。「うまくいかないようなアイデアにもチャレンジする時間を確保することが大事だ」とペーボ氏が強調するように、小さなひらめきに挑戦できる研究環境が日本の科学にも必要かもしれない。(安川結野)

日刊工業新聞2022年2月19日記事に加筆

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