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【連載】アジアの見えないリスク#5中国からの撤退は難しくない

文=高田勝巳(唯来亜可亜企業管理咨詢(上海)有限公司副董事長) 
 上海に駐在を始めてから早23年、銀行員・コンサルタントとして何百の企業の進出と撤退に立ち会ってきた。実は、中国からの撤退は日本で言われるほど難しいものでもない。

信頼関係の構築と合法経営を


 最初から合法経営していれば当然合法的に撤退も可能である。社員も最初から納得ずくで、公平で厳しさの中でも人情味のある対応をしていれば揉(も)めることはまずない。

 合弁解消の場合も日頃から十分コミュニケーションをとり信頼関係を構築していれば問題になることはなく、解消しても老朋友として付き合うこともできる。撤退とは潜在的なリスクが全て表面化し最後の審判が下される場とも言える。

 しかし、やむを得ないと思われるケースはある。中国の法律の解釈があまりにもグレーで、撤退時に当局に極めて恣意(しい)的と思われる対応をされるというのはよくある話である。また、中国行政の管理レベルは年々高まっており、過去問題にならなかったケースでも運用強化がなされる場合がある。わざわざ従業員を扇動し、騒ぎを起こす争議屋にやられる事もある。

「とりあえず」の前に相談


 よくセミナーで撤退の個別の事例の紹介を求められるが、いくら他社の事例を勉強してもトラブルを起こす企業は起こすもの。心配であれば、撤退を決断する前から経験豊富な専門家にあくまでも個別事例として相談することをお勧めしたい。事前に調査をして潜在的なリスクを計算し、リスクを最小化しなるべく表面化しない方法を教えてくれる。こじれるケースは、事前の調査をせずに、取りあえず撤退を始めてしまうケースに多い。

 とはいえ、当然想定外の案件に出会うこともある。法人売却により撤退しようとしたら、現地幹部に抵抗されてなかなか撤退できない。2年間いろいろと当たり何度か売却の直前まで行っても、何故か最後でダメになる。なんとか売却の契約締結に成功しても、現地幹部らに抵抗されて経営移管と登記変更の手続きが進まない。

 これまで破格の待遇を得ており、それも原因であまり利益が出なかったというか、少し利益は出る程度に報酬を取ったというべきか、要するにおいしい職場を失いたくなかったのだと理解した。

 日本企業であれば途中で断念したかもしれないが、買ったのが腹の据わった中国の企業家だったので良かった。彼は「普通の経営をすれば普通に儲(もう)かる」と判断した。何をされても最後までぶれることなく粘り強く戦って移管と登記の手続きを貫徹した。

 今では、幹部たちも抵抗を諦めてこの経営者と同じ立場に立って経営の立て直しに力を入れている。売り手、買い手、従業員の三方にとって、「ウィン―ウィン―ウィン」になったと信じている。
【略歴】
大手都銀上海支店駐在の1993年より上海に常駐、02年に独立。独立系コンサルタントの草分けとして、日系企業に中国ビジネスの実践的アドバイスを行っている。

日刊工業新聞2016年1月22日国際面
村上毅
村上毅 Murakami Tsuyoshi 編集局ニュースセンター デスク
中国事業から撤退するケースはさまざまだ。筆者の高田さんが言うには、「他社の事例研究に時間を使うなら、自社の現状の経営状態が健全かどうかをチェックするのに時間を使ったほうがいい」と指摘する。その理由は「万が一撤退する場合のトラブルを未然に防ぐことができるかもしれないし、それにより経営状態が改善し、そもそも撤退する必要がなくなるかもしれない」ということだ。事業がうまくいくかどうかは、リスクを最小化する日々の厳格な管理が求められるようだ。

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