高価格帯で勝負する国内「腕時計」、海外ブランドの圧倒的存在感にどう挑むか
シチズン時計が6月に発売した機械式腕時計「カンパノラ 天/地」。日本とスイスの技術を融合した製品で935万円(消費税込み)と高価だが評判は上々だ。またセイコーホールディングス(HD)は4000万円台の商品の投入を10月に控える。需要が細る普及価格帯に対し、成長力のある高価格帯市場の取り込みを図る。一方、高価格帯はスイス勢が存在感を示す。日本勢はブランド力を高め、国内外の富裕層を囲い込んだり、若年のニューリッチ層に訴求できるかが問われる。(高島里沙)
【市場の変化】国内外の富裕層取り込む
シチズンが10年前に仕込んだ種が花を咲かせてきた。同社は12年にスイス・プロサーホールディングを買収し、傘下の時計関連メーカーであるラ・ジュー・ペレと協業を開始した。
同社の技術を生かして11年ぶりに新たな機械式ムーブメントを開発し、シチズンで最高位のブランド「ザ・シチズン」に搭載し21年8月に新製品を投入した。935万円の「カンパノラ 天/地」も同社との協業の成果だ。機械式腕時計の一部モデルは「生産が追いつかない」とシチズンの大治良高常務は嬉しい悲鳴を上げる。
ザ・シチズンの21年度の売上高は、機械式の伸びも寄与し前年度比で4割強増えた。ザ・シチズンでは、光発電機構「エコ・ドライブ」搭載の時計が多くを占めるが、今後は付加価値を訴求しやすく単価を上げられる機械式腕時計の品数も増やす方針だ。大治常務は「機械式が今後けん引していくだろう」と期待する。
このほか中位ブランド「シリーズ8」などを含め「10万円を超えるプレミアム腕時計3種類を中心に伸ばしていく」(大治常務)と語る。シチズンでは機械式でテコに高価格帯シフトを推進する腕時計事業の第2章の幕が上がった。
【機械式の展開】“ギア”上げる
セイコーHDは高級ブランド「グランドセイコー」から機械式腕時計「Kodo(鼓動)」を10月に20本限定で発売する。安定して高い精度を実現する世界初という機構を搭載し価格は4400万円(消費税込み)。同社はグランドセイコーで100万円以上の高価格帯を伸ばしたい考えで、Kodoを実現のための足がかりの一つにする。
また21年9月には保証期間を3年から5年に伸ばすなどアフターサービスを充実した。グランドセイコー購入顧客専用の会員組織「GSナインクラブ」では情報発信などを強化しファンとの関係を深める。直営ブティックのほか電子商取引(EC)を強化する。ECでは20年にオンライン上で販売員が店頭販売同様に接客するサービスを開始した。グランドセイコーの魅力向上に余念がない。
相次ぐ時計メーカーの高価格帯シフト。背景にあるのは市場の変化だ。シチズンの大治常務は「ここ10年で腕時計の販売数量は落ち込んでいるにもかかわらず、平均単価は上昇している」と話す。
普及価格帯はスマートウオッチに市場を侵食されているほか、携帯電話の普及で時間を知るための道具としての腕時計の価値が薄れた。一方、宝飾品のような嗜好(しこう)品としての価値や自己表現の手段といった価値には光が当たり、スイス時計協会などによると20年の平均単価は16年と比べ倍以上伸び150ドル(約2万900円)を超えた。成長潜在力の高い高価格帯市場でシェアを拡大できるかが、各社の成長を左右する。
【シフト加速もハードル高く】スイス勢が圧倒的存在感
高級路線シフトを加速する国内メーカーだが、ハードルは高い。高級腕時計では「オメガ」などを抱えるスウォッチグループ、「IWC」などを擁するリシュモン、そしてロレックスなどスイス勢が圧倒的な存在感を示すからだ。
スイス時計協会によると21年のスイス製腕時計の輸出額は223億スイスフラン(約3兆1600億円)で日本の市場規模の4・4倍にのぼる。また輸出先として米国、中国、日本など腕時計の主要マーケットが上位に並ぶ。国内外で日本メーカーの行く手を阻む存在と言える。
日本勢は品ぞろえを充実させており「ロレックスなどは別格だが、一部海外ブランドには売り負けていない」と岡三証券の島本隆司アナリストは分析する。一方、高級腕時計ビジネスでは繰り返し購入してもらえるファンを獲得できるかが重要とした上で「富裕層やVIPの囲い込みが必要。そうした客層を満足させるラグジュアリーサービスが重要になってくる」と指摘する。
また近年は以前からの富裕層に加え、世帯年収の高い共働き夫婦や、投資などで資産を築いた30―40代のニューリッチ層の消費動向にも注目が集まる。こうした層の取り込みに向けては、店舗展開で百貨店での売り場面積が獲得できるかや、海外で有名ブティックと並ぶような好立地に店舗を設置できるかなどマーケーケティングで課題が残る。
コロナ禍の世界的な金融緩和によるカネ余りで、リセールバリューが高いスイス製腕時計は投機目的でも注目された。その根幹にあるのは高いブランド力だ。アップルはスマートウオッチ事業を始めるに当たり、英国の「バーバリー」やフランスの「サンローラン」といった高級ブランドの幹部をヘッドハントした。ブランドの付加価値向上は、専門ノウハウが必要となり一夜では完成しない。日本勢には、技術力や商品力を高めながら、長期目線でブランド価値を高める施策が求められる。
【「G-SHOCK」で開拓】カシオ、マーケ積極展開
カシオ計算機は機械式腕時計は展開せずに、手に取りやすい価格帯から商品展開する「G―SHOCK」ブランドで高価格帯市場の開拓を図る。
具体的には最上位シリーズ「MR―G」で、40万―50万円台の製品の拡販を目指す。通信などの先端機能を搭載し、さらに精密な金属加工などでデザイン性も高めたモデルなどが対象となり、40―50代の腕時計が好きな富裕層をターゲットに想定する。
同社時計マーケティング部の上間卓部長は「MR―GをG―SHOCKファンではない時計好きに向けても訴求する」と意気込む。百貨店外商や高級時計専門店を通じたマーケティングを積極展開する方針だ。