ニュースイッチ

【連載】アジアの見えないリスク#04 合弁解消の激闘を制するために

文=菱村千枝(アジアン・アセットリサーチ取締役)
 中国の某大都市。日本の機械メーカーA社が、ここに日中折半出資で合弁を設立したのは10年前。日方はA社単独で50%、中国側(中方)は国有系も含む数社で計50%だった。

 事業は概(おおむ)ね順調だったが、中方の経営陣の放埓(ほうらつ)が目に余る状態となった。中方の董事長(女性で地元の党有力者、怒ると鬼より怖い)は、役員など重要ポストに自分の親戚を次々と引き入れるなど専横の限りをつくし、さらには自分たちが当該合弁会社から私的に借り入れをし、しかも適時に返済しないなど、不正行為までも増えてきた。

 日方の総経理は何度も中方に注意を促したが効果はなく、総経理と董事長は社内で激しく口論し、つかみかからんばかりの喧嘩(けんか)もしばしばという最悪の状態に。「もういい加減にしてほしい!」。日方は、中方の持ち分の全部を買い取り独資(100%出資)にすると決意した。

 そのためには中方の持ち分の資産評価が必要になるので、その依頼が私にあった。資産評価業務には財務部と経理担当者の協力が欠かせないが、両方ともに日方・中方それぞれのボスからの意向を受けた要員がいる。中方の要員は自分たちに不利になること(簿外の債務や、不良在庫等)を意図的に隠して、正確な評価をさせまいと妨害行為を働いた。

 このため資産評価業務は難航し、簿外債務の徹底的な洗い出しをすることが完全にはできず、リポートにはリスクの存在を示唆するにとどめざるを得なかった。本当はリスクや簿外債務があるにもかかわらず、その存在を明らかにできないため、その分だけ本来の資産価値より高い価格で企業評価額を算定せざるを得なかった。当局もそれを認めた。(売手側に国有系が含まれていたので、地元政府の承認が必要であったのだ。)日方は、不当に高い買い物をさせられたのだ。

 総経理は、無事に買い切っただけでも(中方と縁が切れただけで)もう十分だと言った。そして、二度と中国企業と合弁したくないと、つくづく述べていた。

 資産評価の業務の中で私も何度も女性董事長にどやしつけられ、たびたび不愉快な思いをした。だが、総経理は中国で苦労しすぎて、随分と老けて見えた。総経理は二度と中国企業と合弁はしたくないと言われたが、もしやむを得ず合弁を行う際には次のことを肝に銘じよう(表参照)

<毎週月曜日に連載予定>
<略歴>
大阪外国語大学中国語学科卒、北京・中央財経大学大学院経営学会計専攻修士。国税庁税務大学校講師(国際資産評価)。日本および中国の大手不動産鑑定事務所にて、国内外の不動産鑑定、中国の企業・不動産評価に従事。
20日刊工業新聞16年1月15日国際面
村上毅
村上毅 Murakami Tsuyoshi 編集局ニュースセンター デスク
中国事業の難しさは、現地に進出することよりも、事業を適正に運営していくことだろう。基本的に現地企業との合弁事業が多く、日本企業が主体的に物事を決めづらい構造になっている。特にマイナスの案件に関しては現地の反発は相当のようだ。この難しさを理解して、「ワーストシナリオ」への心構えをしていくことが必要なのかもしれない。

編集部のおすすめ