ニュースイッチ

物材機構初のプロパー理事長が語る、結果で応えたい問いと国研の弱点

物材機構初のプロパー理事長が語る、結果で応えたい問いと国研の弱点

物質・材料研究機構の宝野和博理事長

物質・材料研究機構の宝野和博理事長はたたき上げの研究者だ。1995年に物材機構の前身の金属材料技術研究所に入所し22年に機構初のプロパー理事長となった。国立研究開発法人では外部から研究所の経営がわかる人材を登用することが多い。「研究者に経営ができるのか」という周囲の目を跳ね返せるか、挑戦が始まる。

-産学連携や社会実装、外部資金調達など国研にも稼ぐ機能が求められています。
 「プロパーにどこまでできるのか。これが一般社会から見た私への評価だろう。私自身は産学連携で少なからず成果を上げてきた。その面白さも難しさも理解しているつもりだ。例えば熱アシスト磁気メモリ技術はハードディスク(HD)の実用化が始まっている。最大で年間1億5000万円ほどの連携プロジェクトを進めてきた。本多光太郎先生の言葉に『産業は学問の道場』がある。研究者にとって世の中に何を必要とされているか、産業が研究者のメンターの役割を果たしている。一方で『稼げ』と言われるが資金を集めることが目的ではない。研究成果をいかに有効に使ってもらうかが重要だ。資金を集める研究者が偉いという訳ではない。私は研究者を多面的に評価していく。基礎的な研究も産学連携も得意な分野で力を発揮してもらう」

-産学連携は論文生産効率が低いです。トップがムチを打たなくても研究者は産学連携に取り組みますか。
 「ムチを打つという発想がおかしい。不得意なことを無理にやらせて成果が上がるだろうか。私は研究資源を割り振っていく。例えば年度予算を使い切りあと一歩の実験ができないケースがある。翌年度の予算が来てから知財を固めるデータをとる。新しい用途の試作機を作るなど、社会実装に重要なあと一歩を、予算を理由に先延ばししてしまう。こうしたケースに予算を前借りする形で支給する。結果、共同研究がまとまったり、新しい研究プロジェクトが決まったら間接経費などの形で返してもらう。単年度会計の不便さが研究を止める理由にならないようにする。現在は理事長裁量経費から捻出しているが、仕組みを整えて組織としての機動力を担保する予算としたい。これが自己収入を増やすことにつながる。また無理に産学連携のプロジェクトに研究者を割り当てても、スピード感が足りないと企業からの期待を裏切ることもある。人には向き不向きがある。時間をかけてじっくりと基盤技術を育てる人材も、民間のスピードでどんどん研究を進める人材も必要だ。研究資源の配分で研究所としてパフォーマンスを高めていく」

-大型の共同研究を組成するために、組織対組織での連携がトレンドになっています。
 「まず組織対組織で組んでから研究計画を作り、人材をアサインする方式だ。これを否定する気はないが、研究者にとっては自分が飛び抜けた強みを持っていることが理想だ。物材機構では蛍光体の研究チームは最先端にいる。常に数千万円規模の共同研究の提案が集まっている。産と学で分担ができていて、実用化に向けて最短経路を走っている。このクラスの研究チームをもう一つ二つと作っていきたい。また組織として競争力のある研究データを持っていることも重要だ。データ駆動型研究が成果を上げているためだ。物材機構のデータと企業のデータとを組み合わせて新材料を探索したり、データで分析ツールを高度化する手法が広がっている。マテリアルズ・オープン・プラットフォーム(MOP)として産学連携体を作り進めている」

-橋本和仁前理事長がデータ駆動で大きな予算を集めました。宝野理事長の期間は成果を社会に還元していく段階になります。
 「研究データの還元の仕方はさまざまな形態がある。データとして提供する形態と、人工知能(AI)技術でデータを学習した予測ツールとして提供する形態、ベンチャーなどを立ち上げてデータを使った研究サービスを提供する形態などだ。すでに構造材料のクリープ試験は何十年もかけた試験結果をデータシートとして提供している。データベース『マットナビ』では高分子や無機材料、電子構造計算データなどに加えて熱物性や金属偏析、界面結合の予測ツールを提供している。いずれも大学や民間にプレーヤーがおり、分野によって求める形態が違っている。競合ではなく、連携する形で還元していきたい」

-高等専門学校や大学などのとの連携も強化します。
 「国研の弱点は学生がおらず、若手がワイワイやっている雰囲気が薄いことだった。強みは研究者に教育業務の負担がなく、最先端設備を使え、基盤的な研究費があること、研究グループの規模に上限がないことだ。力があればいくらでも研究チームは大きくなる。一方で人材は短期間で育つものではない。そこで大学との連携拠点制度で研究者と大学院生が物材機構で研究することを支援している。2022年度からは高専からも人材を迎える。機構内で高専出身者の評価が高かった。自ら装置を作製して実験を楽しむ姿が周りにいい影響を与えてくれている。そして高専からの研究者は最先端の設備で研究できる。ウィンウィンの連携を広げていきたい」

-橋本前理事長が任期を1年残して科学技術振興機構の理事長に着任しました。
 「18年から理事として支えてきた。常々、他人の作った中長期計画を実行するのはおかしいとおっしゃっていた。MOPなど新しい事業を立ち上げる際に計画変更が必要になるためだ。そのため1年前倒しで辞任された。私はこの1年で23年からの第5期中長期計画を策定して実行できる立場にある。第5期では機能性材料領域を高分子バイオ材料領域と電子・光機能材料領域の二つに分け、先端計測と研究データの部門を統合して研究基盤を支える部門とする。こうした中計策定と組織の準備、中計の実行を自らの手で進めていける。研究は人だ。大学よりも優れた研究環境を実現して優秀な研究者を集める。目的の決まったミッション研究に加えて自由発想研究支援の予算を自己収入からあてる。科研費に追加する形で最大1000万円を提供する。広報ではビジュアル化戦略を進める。一般向けに加えて研究人材向けの情報と組織としての研究力の高さを発信する。スタートアップ支援は世界トップレベルの研究者には初年度最大1億円、研究グループリーダーには最大3000万円、研究職やエンジニア職には最大1200万円を用意する。優れた研究設備と研究に専念できる環境、研究の自由度を整えることで優秀な人材を集め、国研が担うミッション研究を意識させ、世界トップレベルの成果を生み出す」

「私自身はプロパーの研究者が理事長になるキャリアパスがあると思っていなかった。内部出身の理事長は、研究者にとってごまかしの利かない最も手ごわい理事長になるだろう。同時に内部を知り尽くしている身として、研究者の個性を生かして、それぞれの強みを発揮させる経営ができると思っている。『プロパーにどこまでできるのか』。この問いに結果で応えていきたい」

 
【略歴】ほうの・かずひろ 84年東北大学大学院修士課程修了、88年米ペンシベニア州立大学大学院博士号取得。同年米カーネギーメロン大学研究員、90年東北大助手、95年金属材料技術研究所主任研究官、01年物質・材料研究機構改組、06年磁性材料センター長、18年理事、22年から現職。金属工学博士。兵庫県出身、62歳。
日刊工業新聞2022年6月2日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
前任者が作った経営計画を実行する。これが国研の理事長の共通の悩みだった。新事業を始めるには計画の修正が求められ、開始が翌年度にずれ込むことも少なくない。組織としての機動力を損なっていた。宝野理事長は自ら計画を策定して実行できる。現在の任期は23年3月末まで。成功例となり再任されれば他の国研にも広がるだろう。

編集部のおすすめ