円安でチャンス…訪日客受け入れ再開、旅行業界は復活なるか
政府は観光目的の訪日外国人客(インバウンド)の受け入れを10日再開した。新型コロナウイルス感染症拡大で受け入れが停止されてから約2年ぶりに、外国人観光客が日本に戻ってくる。ただ1日平均で9万人弱の入国があったコロナ禍前に対し、今回の規制緩和での受け入れ人数は観光以外を含め1日当たり2万人。観光関連業界は受け入れ再開を喜ぶが、満面の笑みとはいかず、さらなる規制緩和を求める声が早くも上がる。(編集委員・小川淳、高屋優理)
【水際対策緩和、上限2万人】国・地域、リスク順に分類
政府は1日に水際対策を緩和し、1日当たりの入国者数の上限を2万人へと倍増した。さらに検疫措置では新型コロナの流入リスクを総合的に勘案し、国や地域をリスクの低い順に「青」「黄」「赤」の3グループに分類した。
先進7カ国(G7)や中韓台など98の国や地域は青グループとし、ワクチン接種の有無にかかわらず、入国時の検査や自宅待機を不要とした。入国者はこれまで空港検査で長時間待たされることが多かった。検査要員をより高リスクの国からの渡航者への対応に振り分けられる効果も期待される。
10日からは青グループの旅行者を対象に、2万人の枠内で添乗員付きのパッケージツアーを再開する。
コロナ禍前の2019年には過去最多の約3200万人の外国人が日本を訪れ、旅行消費額は約4兆8000億円を記録した。インバウンド観光の完全復活に向け、受け入れ制限のさらなる緩和を求める声は大きい。
運輸総合研究所は6日、日本の水際対策はG7各国と比べて規制が多く、このままでは「インバウンド観光に加え貿易・投資などのビジネス機会の減少を含む経済的な損失に加え、外国との交流停滞や人材育成の低迷」につながるとして、さらなる緩和を求める提言を公表した。
山田輝希主席研究員は「世界は人数制限の考えをしていない。巨大な交流の妨げだ」とし、1日当たり入国者数の上限撤廃などを求めた。
【旅行業界】円安のチャンス生かす
「日本旅行は人気があり、円安もあって絶好のチャンス。コロナ禍前のように外国人の訪日ビザ免除や訪日個人旅行の再開も切望している」―。ANAホールディングス(HD)の芝田浩二社長は、10日の添乗員付きパッケージツアー再開についてこう所感を述べる。
コロナ禍で苦しむ航空業界にとってインバウンド需要の拡大に寄せる期待は大きい。ANAHDも日本航空(JAL)も前期は2期連続の当期赤字で、「3期連続の赤字はない。不退転の決意で黒字化を達成する」(JALの赤坂祐二社長)と意気込む。
感染状況が落ち着いたこともあって国内線需要は堅調に推移するが、黒字転換を確実なものとするためにも、インバウンド需要を確実に取り込みたい意向だ。ただ、両社とも添乗員付きのパッケージツアーを取り扱っておらず、そのためにもさらなる上限の緩和や個人旅行の再開を強く要望している。
旅行会社の期待も大きい。JTBの山北栄二郎社長は5月27日の決算会見でツアーの受け入れ再開について触れ、「海外から問い合わせが殺到している。円安もあってインバウンド熱を実感している」と喜びを見せた。同社によるとコロナ前の今頃と比べ、1・5倍程度の問い合わせが入っているという。
また受け入れ態勢については「(訪日旅行再開に向けた)実証実験を通じ、安全安心な状態での受け入れ態勢を各地域で整えてきた。次は地域でしっかり周遊してもらう仕組みを作る」(山北社長)とし、「3密」を避けて自然や文化などを楽しむ「アドベンチャーツーリズム」の提供など、さまざまな旅行商品を提供していく。
一方、JR東日本の深沢祐二社長は7日の会見で、ツアー受け入れ再開は「喜ばしい」としつつ、「他の国と比べてだいぶ出遅れているのは確か。早くG7並みの開放をしてほしい」と要望した。1日の入国上限が2万人のうえ、最大の旅行者数が望める中国はゼロコロナ政策による行動規制が続いて訪日が難しいなど、本格的な需要回復には遠い。
ただ10日の受け入れ再開が、正常化に向け重要な一歩を踏み出したことは間違いない。感染症対策と経済活動との両立に向けたウィズコロナ時代のインバウンド観光が始まる。
【百貨店】慎重な姿勢示す 販促策、検討はまだ
インバウンド需要に売り上げを下支えされてきた百貨店は、コロナ禍で大きく影響を受けた業態の一つだ。20年の全国百貨店売上高は既存店ベースで前年比25・7%減の4兆2204億円となり、65年の統計開始以来、最大の下落となった。中でもインバウンド向けの免税売上高は同80・2%減の686億円に落ち込んだ。21年は行動規制の緩和で既存店ベースで同5・8%増と、日本人の客足が戻ったことで4年ぶりのプラスとなったものの、コロナ禍前の19年比では21・5%減と、売り上げの回復にはほど遠いのが現状だ。
百貨店にとってインバウンド観光客の受け入れ再開は朗報ではある。しかし、最大手の高島屋は「歓迎すべきことだが、当面は様子見」と慎重な姿勢を示す。受け入れ人数の上限が1日2万人と、大幅に制限がかかっていることが背景にある。
過去最多だった19年の訪日外国人数は年間3188万人。1日平均9万人弱が入国していたことになる。「以前のように戻るのはまだ時間がかかる」(高島屋)と、手放しで喜べる状況にはなく、訪日外国人向けの販売促進策も、まだ検討できる段階にはないようだ。