パナソニック「テクニクス」担当役員がダンスパーティーに通っていた慶大時代

小川理子(パナソニック役員) 人前で演奏する楽しさや音楽の持つ力を実感

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大学の仲間と。後列左から2人目が本人
 医学と工学の融合領域であるメディカルエレクトロニクスに興味があり、慶応義塾大学理工学部の電気工学科に入学した。

 住まいは都内の女子学生マンションを選んだが、そこで同級生の瀬戸美貴子さんと出会った。グルメブームの影響を受け、瀬戸さんら4―5人の仲間とおいしいものを食べに行った。みな親元を離れて暮らしていたので、家族のようだった。彼女は卒業後に三井物産に入社し、今は専業主婦。現在でも交友関係を続けている。

 入学後、同じクラスの西嶋徹君(読売新聞メディア局企画開発部次長)に誘われ、ジャズやロックなど多様な音楽を演奏するサークル「クロスオーバー研究会」に参加した。私は3歳からピアノを習ってきたこともあり、キーボードやボーカルを担当した。

 当時、ダンスパーティーが流行していたので、伴奏バンドとして呼ばれたり、自作の曲を文化祭で演奏したりした。男性ながらジャズピアノを弾く西嶋君は格好良かった。よく彼が伴奏し、私が歌ったものだ。西嶋君に誘われたことで卒業まで音楽を楽しめた。

 演劇研究会の戸田治幸君とは同じ研究室だったこともあり、クロスオーバー研究会と共同で音楽劇を行った。すべて自主的に制作した劇で、私は演劇に合わせて作曲し、劇中では歌も披露した。人前で演奏する楽しさや音楽の持つ力を実感し、とても面白かった。

 大学では生体リズムの研究に取り組み、1986年に卒業したが、音楽が体調や気分にどう同調するかを学べた。また仕事でも音楽を核にして、さまざまなコラボレーションを実施し、チャリティーコンサートなどをごく自然に行えた。サークルでの経験が仕事に役立ったと思う。

 現在、私が担当するパナソニックのオーディオブランド「テクニクス」で、音楽と違う分野の人と連携しようと考えている。作家や画家、料理研究家ら感性を扱う人とは共通の要素があり、響き合えるのではないか。
(肩書きは掲載当時のもの)

※日刊工業新聞では毎週水曜日に「わが友わが母校」を連載中

日刊工業新聞2015年10月28日付

COMMENT

明豊
執行役員デジタルメディア局長 DX担当

小川さんは以前からパナソニックの社内外でもとても有名人でした。電機業界は意外と他業界に比べ女性活用が進んでいない(ソニーや日立とかでも)。パナソニックはここにきて急速にダイバーシティ&女性の幹部登用を進めている印象があり、その象徴的存在が小川さん。でも目立つ人をポストに配置するだけの企業も多い。どこまで部長や課長クラスでも人数を増やせるか。 それにしても大学時代の小川さんの可愛いことと言ったら・・。

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