アベノミクス、今年こそ中小に波及なるか
政策と支援はどうなる?2人のトップに聞く
アベノミクスの恩恵は今年こそ中小企業に届くのか―。発足から4年目を迎える安倍晋三政権が国内総生産(GDP)600兆円の達成を目指し新たに打ち出した「新・三本の矢」。その一本「強い経済」の実現へ向け、政府は産業の礎である中小企業の一段のグローバル化と生産性向上を通じた収益基盤の強化に力を入れる構えだ。2016年の中小企業政策の力点を豊永厚志中小企業庁長官に、政府方針を踏まえ、どんな支援に取り組むのかを中小企業基盤整備機構の高田坦史理事長に聞いた。
―今年の中小企業政策の力点は。
「生産性向上と販路開拓支援―。施策を通じこの“二兎(にと)”を追う年にしたい。大企業と中小の収益格差は拡大傾向にあり、設備の使用年数も中小企業ほど長期化している。他方、海外市場に活路を見いだすことは海外で売れるモノづくりや収益基盤の強化に直結。生産性向上と販路開拓による事業革新は表裏一体だ」
―その生産性向上策の柱となるのが、中小企業が新たに取得する機械装置について固定資産税を3年間半額とする新制度ですか。
「中小企業庁ではサービス業を含めた生産性向上策を昨年来、検討しており、業種単位で取り組みを横展開する枠組みづくりを進めてきた。その過程で、税制の議論の中で固定資産税見直しの話が出てきた。(税制優遇を受けるには法律による認定が必要となるため)より充実した支援が実現できる」
―「ものづくり補助金」は4年目を迎えますが。
「支援のバリエーションを広げることで、より多くの企業の設備投資意欲に応えるものとなる。新たに設けられる、1社当たりの利用上限3000万円のタイプは、先進的な技術を用いた生産性向上を促すとともにTPP(環太平洋連携協定の発効)もにらんだ海外展開を後押しする狙いがある」
「他方、上限500万円の『小規模型』は(小規模事業者の販路開拓を支援する)『持続化補助金』に飽き足らない層の設備投資ニーズに応える。海外も視野に入れた先進的な取り組みと多額の投資を伴わない小規模事業者の事業革新―。双方の背中を押す」
―より多くの中小がTPPを商機につなげられるよう、どんな支援を重視しますか。
「これまでの海外展開支援は優れた商品やサービスを開発すれば、海外でも売れるはずといったサプライサイドの発想が色濃かったが、今後は中小企業基盤整備機構や日本貿易振興機構(ジェトロ)を通じた伴走型支援が一層大切になる。情報提供を通じ、ともに考え送り出す―。そんな姿勢が問われる」
―中小の共通課題である事業承継問題にはどう取り組みますか。
「後継者になるべき人材が育つ環境、社外に後継者を求める選択肢、さらには株式譲渡の問題。これら課題を総合的に解決しなければ後継者難を理由にした廃業に歯止めがかからない」
「後継者が自社株式を取得した際に課される相続税・贈与税の負担軽減策については、税制優遇の対象を親族外に広げるなど拡充が図られたがこれで十分とは考えていない。非上場株式の評価方法の見直しについて、今年こそ実現したいと考えている」
―中小企業は海外市場に活路を見いだすべきだと就任以来、一貫して主張されてきました。TPPはその弾みとなりますか。
「海外展開の重要性はこれまでさまざまな場面で指摘されてきたが、TPPを契機に、大きなうねりが起きる効果を期待する。TPPは日本にとっての攻めの分野ばかりでなく、逆に参加国から国内市場に攻め込まれるケースもある。自社の事業とは無縁であると受け流してしまうにはあまりにリスクが大きいことを声を大にして訴えたい」
―どんなスタンスで海外展開支援に臨みますか。
「既存の手法やリソースだけで今後、一層高まることが予想される支援ニーズに対応することは現実的ではない。多くの企業が、海外展開の重要性を認識し、主体的・積極的に踏み出す機運を醸成することがまず第一と考える」
「そのためにはまずは我々自身が、あらゆる機会を捉えて情報発信に努める。『情報はホームページに掲載しています。必要な方は取りに来てください』といった受け身の対応では、日々の仕事に忙しい経営者には響かない。人手がない、時間が割けないという企業には、これまで以上に丁寧にこちらから情報を発信することを心がけなければならない」
―海外展開の一歩としてIT活用の重要性も指摘しています。
「消費者の購買スタイルが大きく変わっている現実を直視するべきだ。中国のインターネット通販のセールが、たった1日で1兆円超を売り上げたことが象徴している。企業規模の大小を問わず、こうした『うねり』を捉えていく戦略が欠かせない」
「インターネットや決済、物流といったインフラが整備されつつあるなか、どこに拠点を構えているかはハンディにならない。中小機構もeコマースセミナーを各地で開催しているが、いずれの会場も熱気に満ちている。こうしたIT活用支援には引き続き力を入れる」
―一方で中小企業の景況感は一向に上向きません。政府は企業の設備投資をあの手この手で促そうとしていますが、新たな動きにつながるのでしょうか。
「中小機構が実施した15年10月―12月期の中小企業景況調査では、全産業の業況判断指数(DI)はわずかながらも2期連続で改善したものの原材料・商品仕入れ単価DIは、なお高水準を維持している。深刻な人手不足も続く。先行き懸念が払拭(ふっしょく)できないなかでの増産投資は期待できないだろう」
「他方、労働力人口が減少するなか、とりわけ人手不足の問題が色濃く表れている中小企業こそ、省人化・省力化投資を通じた生産性向上は避けて通れない課題だ」
【記者の目・格差拡大を懸念】
同一規模の中小企業間の収益格差が拡大している―。15年の中小企業白書ではこんな現状を指摘した。低収益企業の収益率が低下傾向にある一方で大手企業をもしのぐ高収益企業が存在する事実をデータで示した。海外事業の進展度合いも、設備投資を通じた生産性向上のいずれもこうした企業間格差に直結するだけに、企業にとっては対応が急務であることを痛感する。
(聞き手=神崎明子)
豊永中企庁長官「海外進出、伴走型支援に」
―今年の中小企業政策の力点は。
「生産性向上と販路開拓支援―。施策を通じこの“二兎(にと)”を追う年にしたい。大企業と中小の収益格差は拡大傾向にあり、設備の使用年数も中小企業ほど長期化している。他方、海外市場に活路を見いだすことは海外で売れるモノづくりや収益基盤の強化に直結。生産性向上と販路開拓による事業革新は表裏一体だ」
―その生産性向上策の柱となるのが、中小企業が新たに取得する機械装置について固定資産税を3年間半額とする新制度ですか。
「中小企業庁ではサービス業を含めた生産性向上策を昨年来、検討しており、業種単位で取り組みを横展開する枠組みづくりを進めてきた。その過程で、税制の議論の中で固定資産税見直しの話が出てきた。(税制優遇を受けるには法律による認定が必要となるため)より充実した支援が実現できる」
―「ものづくり補助金」は4年目を迎えますが。
「支援のバリエーションを広げることで、より多くの企業の設備投資意欲に応えるものとなる。新たに設けられる、1社当たりの利用上限3000万円のタイプは、先進的な技術を用いた生産性向上を促すとともにTPP(環太平洋連携協定の発効)もにらんだ海外展開を後押しする狙いがある」
「他方、上限500万円の『小規模型』は(小規模事業者の販路開拓を支援する)『持続化補助金』に飽き足らない層の設備投資ニーズに応える。海外も視野に入れた先進的な取り組みと多額の投資を伴わない小規模事業者の事業革新―。双方の背中を押す」
―より多くの中小がTPPを商機につなげられるよう、どんな支援を重視しますか。
「これまでの海外展開支援は優れた商品やサービスを開発すれば、海外でも売れるはずといったサプライサイドの発想が色濃かったが、今後は中小企業基盤整備機構や日本貿易振興機構(ジェトロ)を通じた伴走型支援が一層大切になる。情報提供を通じ、ともに考え送り出す―。そんな姿勢が問われる」
―中小の共通課題である事業承継問題にはどう取り組みますか。
「後継者になるべき人材が育つ環境、社外に後継者を求める選択肢、さらには株式譲渡の問題。これら課題を総合的に解決しなければ後継者難を理由にした廃業に歯止めがかからない」
「後継者が自社株式を取得した際に課される相続税・贈与税の負担軽減策については、税制優遇の対象を親族外に広げるなど拡充が図られたがこれで十分とは考えていない。非上場株式の評価方法の見直しについて、今年こそ実現したいと考えている」
高田中小機構理事長「省人化投資は避けて通れない」
―中小企業は海外市場に活路を見いだすべきだと就任以来、一貫して主張されてきました。TPPはその弾みとなりますか。
「海外展開の重要性はこれまでさまざまな場面で指摘されてきたが、TPPを契機に、大きなうねりが起きる効果を期待する。TPPは日本にとっての攻めの分野ばかりでなく、逆に参加国から国内市場に攻め込まれるケースもある。自社の事業とは無縁であると受け流してしまうにはあまりにリスクが大きいことを声を大にして訴えたい」
―どんなスタンスで海外展開支援に臨みますか。
「既存の手法やリソースだけで今後、一層高まることが予想される支援ニーズに対応することは現実的ではない。多くの企業が、海外展開の重要性を認識し、主体的・積極的に踏み出す機運を醸成することがまず第一と考える」
「そのためにはまずは我々自身が、あらゆる機会を捉えて情報発信に努める。『情報はホームページに掲載しています。必要な方は取りに来てください』といった受け身の対応では、日々の仕事に忙しい経営者には響かない。人手がない、時間が割けないという企業には、これまで以上に丁寧にこちらから情報を発信することを心がけなければならない」
―海外展開の一歩としてIT活用の重要性も指摘しています。
「消費者の購買スタイルが大きく変わっている現実を直視するべきだ。中国のインターネット通販のセールが、たった1日で1兆円超を売り上げたことが象徴している。企業規模の大小を問わず、こうした『うねり』を捉えていく戦略が欠かせない」
「インターネットや決済、物流といったインフラが整備されつつあるなか、どこに拠点を構えているかはハンディにならない。中小機構もeコマースセミナーを各地で開催しているが、いずれの会場も熱気に満ちている。こうしたIT活用支援には引き続き力を入れる」
―一方で中小企業の景況感は一向に上向きません。政府は企業の設備投資をあの手この手で促そうとしていますが、新たな動きにつながるのでしょうか。
「中小機構が実施した15年10月―12月期の中小企業景況調査では、全産業の業況判断指数(DI)はわずかながらも2期連続で改善したものの原材料・商品仕入れ単価DIは、なお高水準を維持している。深刻な人手不足も続く。先行き懸念が払拭(ふっしょく)できないなかでの増産投資は期待できないだろう」
「他方、労働力人口が減少するなか、とりわけ人手不足の問題が色濃く表れている中小企業こそ、省人化・省力化投資を通じた生産性向上は避けて通れない課題だ」
【記者の目・格差拡大を懸念】
同一規模の中小企業間の収益格差が拡大している―。15年の中小企業白書ではこんな現状を指摘した。低収益企業の収益率が低下傾向にある一方で大手企業をもしのぐ高収益企業が存在する事実をデータで示した。海外事業の進展度合いも、設備投資を通じた生産性向上のいずれもこうした企業間格差に直結するだけに、企業にとっては対応が急務であることを痛感する。
(聞き手=神崎明子)
日刊工業新聞社2016年1月5日付