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【連載】アジアの見えないリスク#03 中国人の合理的な思考と行動力

文=池野幸佑(山田ビジネスコンサルティング資本戦略本部兼海外事業本部) 
 中国現地法人事業の縮小・撤退に際し、従業員整理が必要になるが、ここで問題になるのが経済補償金である。経済補償金は、従業員との労働契約を会社の都合で終了させる場合に従業員に支払われるお金のことで、その計算方法は中国の法律で定められているが、実務では労働契約の合意解除に任意に応じてもらうため法定以上の経済補償金を支払うケースがほとんどである。経済補償金は高額になりがちで、その交渉如何(いかん)によっては労働争議や経営陣の軟禁という事態に発展しかねない厄介な問題である。

 筆者が経験したケースでは、近隣の経済補償金の相場を調べ、労働組合長でもある人事部長を巻き込みながら、入念に従業員説明会の準備を行っていた。それでも、従業員説明会終了直後に従業員は大挙して弁護士のところに押し寄せ、弁護士を取り囲むと、大声で騒ぎ始めた。現場は騒然となった。

 「警備を呼んでください」。総経理は直ちに、会社がこの日のために話をつけていた警備会社への連絡を指示した。筆者もこのときばかりは、軟禁されることを覚悟した。

 しかし、総勢4人の弁護士チームは、押し寄せる従業員に対応した。ある弁護士は負けじと大きな声で、ある弁護士はホワイトボードを使って淡々と対応していった。弁護士は会社と話し合い、複数の従業員からの質問と会社の方針を紙にまとめて会場に貼り出した。

 納得した従業員は1人、また1人と会場を後にし、疑問が残る従業員は、引き続き弁護士を取り囲んで質問を浴びせた。結局70人の従業員全員が、その日の内に労働契約の解除協議書にサインをし、無事に、従業員整理の手続きが終了した。

 中国人は感情的に見えて合理的だ。日本では中国人の労働者が暴動を起こすようなショッキングな映像ばかりが報道されるが、彼らは感情的な高まりからそのような行動に出るのではなく、あくまでも交渉の一手段として利用しているように感じる。

 実際に、軟禁された経験者の話を聞くと、身の危険はほとんど感じなかったという。中国人中堅弁護士はこうも語る。「中国人がリストラを告げられた時にまず考えるのは、自分は補償金をいくらもらえるのかだ」。実際に、彼らの多くは、労働契約終了を告げられたすぐ後に、いくらの経済補償金がもらえるかを計算する様子をみせていた。合理的な思考と大胆な行動力、中国人の強みの一つではないかと、筆者は感じる。

<毎週月曜日に連載予定>
<略歴>
池野幸佑(いけの・こうすけ)山田ビジネスコンサルティング資本戦略本部兼海外事業本部。
2011年弁護士登録、12年山田ビジネスコンサルティング入社。M&Aアドバイザリー業務に従事し、14年5月から中国最大手の大成法律事務所にて実務研修。設立(合弁含む)、撤退・縮小、債権回収、知的財産権対策、契約書審査、訴訟対応等、中国進出日系企業の法務に関わる。

日刊工業新聞2016年1月8日国際面
村上毅
村上毅 Murakami Tsuyoshi 編集局ニュースセンター デスク
中国の景気減速や労働コストが上昇する中、現地事業の撤退・縮小を考える企業は今後も増えるだろう。ただ、中国から撤退する難しさを指摘する声は多い。記事にもあるように、“したたかな”従業員に対応するためにはきちんとした戦略、毅然とした対応が不可欠だろう。

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