自動車業界「大変革期」に挑む人材育てる、「トヨタ学園」の全貌

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実際の生産現場で技能教育を行っている

「100年に一度の大変革期」が到来している自動車業界では、人材育成の重要度が高まっている。トヨタ自動車がその要の一つに据えるのが、80年以上の歴史を持つ「トヨタ工業学園」だ。今では数少ない高校課程を有する企業内訓練校で、規律を重視した集団訓練を特徴とする。一見すると時代にそぐわず厳しすぎるように見える教育方針は、伝統を守りつつ新たなやり方も取り入れ、次世代に通用する“人づくり”を実践するための基礎だ。(名古屋・政年佐貴恵)

空気がピンと張り詰めた大ホール。「卒業生、起立!」のかけ声と同時に、ザッ、と音を立てながら一糸乱れぬ動作で二百数十人が一斉に立ち上がる。トヨタ工業学園卒業式の恒例風景だ。毎年欠かさず出席しているトヨタの豊田章男社長は「規律を大切にしながらも、個性豊かで自由な発言ができる少年少女が育っている」と目を細める。

トヨタ工業学園は、主に製造現場のリーダー候補を養成する訓練校だ。普通教科も含めて中学卒業後3年間を教育する「高等部」と、高校卒業後の1年を教育する「専門部」で構成する。計約500人の生徒は基本、寮で集団生活を送る。高等部の入試の倍率は2倍超。少子化の今、なかなかの狭き門だ。

トヨタ工業学園の「団体規律訓練」。全員が一つ一つの動作を極め、揃えるのが目的だ。

学園で行うのは専門学科の授業や実際の工場での実習などだが、高等部では精神力や体力を鍛える目的で、登山や遠泳といった一風変わった訓練も実施する。その中でもトヨタ学園の個性を際立たせる最大の要素と言えるのが、集団規律訓練。「気をつけ」や「休め」といった動作を集団で行い、ミリ秒単位で合わせていく訓練だ。少しでもずれればやり直し。深津敏昭学園長は「物事への集中力やチームワークを高めるのが狙い」と話す。

多様性や個性を大切にする現代において、ある種、軍隊的なこの訓練は時代錯誤にも見える。なぜ必要なのか。深津学園長は「多くの人が関わるのがモノづくり。自分だけ良ければいい、という考えでは製品はできない」と、結束力を育てる重要性を説明する。「簡単な動作をきちんとやれなければ、危険な現場でケガを誘発するリスクにもなる」。

ただし、大声で指導したり叱ったりして従わせることがゴールではなく、あくまでも目的は「決められたことを、決められた方法で、皆でやる」という基本動作を学ぶこと。これまで以上に生徒に訓練の目的をきちんと伝えて理解してもらい、寄り添いながら教える重要度が増しているという。「昔とは教え方の方法論を変えねばならない部分がある」(深津学園長)。指導員の育成も大きなテーマだ。

体力、精神力を鍛える「登山訓練」を実施

指導員は基本、生産現場に従事する中堅社員が3年間のローテーションで担当する。職場で求められる人材を把握しているからこそ、より実践に近い教育ができる、という理由だ。また、学園でどんな言い方であれば相手に伝わるのか、一人ひとりに合った指導の仕方とは何かを指導員自らが経験することで「再度職場に戻る際にスキルアップでき、若手から中堅まで好循環で現場の育成サイクルを回せる」(同)。

戦後の高度経済成長期には、多くの企業内学校が生まれた。しかし進学率の向上や、事業の選択と集中といった観点から、その多くが撤退。今や高校課程を抱える企業内学校は、トヨタ学園を含む4校になった。少なからぬ運営コストがかかる中、中学卒業後から教育する意味とは何か。深津学園長は、ある程度の時間をかけた教育の重要性を訴えつつ、「技術・技能は職場でもできる。学園は情熱を持って最後までやりきれる人や、その心を育てる場所だ」と位置付ける。

【トヨタの価値観継承】技術・技能に加え人間性

モビリティカンパニーへの変革を宣言し、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)はもちろん、ウーブンシティのような次世代の街づくりにまで事業を広げているトヨタ。業容が変わっていく中、旧来の製造業の伝統を受け継いでいる学園は今後も存在意義があるのか―。この問いに対し、豊田社長は「絶対にある」と言い切る。「誰のために仕事をするのか、など、トヨタの価値観をいろいろな体験やリアルの会話から学ぶのがトヨタ学園ではないか」。“正解のない時代”だからこそ、しっかりとした軸を持つ人材の育成が欠かせない。

深津学園長は「職場での基本的なふるまいや、人間力を教える役割は変わらない。作る対象は変わっても、人がモノを作ることがある限り、技術や技能だけでなく人となりが重要だ」と力を込める。

一方、激変する時代に合わせて学園も徐々に変化を取り入れている。教育面では、今年からパソコンを全学園生に支給。数年前からは、画像認識プログラムなど、ソフトウエア系の授業を取り入れている。豊田社長は21年に「今後3年で、世界のトップ企業と肩を並べるまでにデジタル化したい」と宣言しており、「この目標に向けていかに人材を育てていくかが今後のテーマだ」(深津学園長)。飛び抜けた技能を持つような“尖った人材”をいかに育てるかも含め、見直すべき古いやり方と新しいやり方の取捨選択を進めていく方針だ。

近年では河合満元副社長のように、学園出身ながら経営に携わるケースも出てきた。1日に就任した伊村隆博生産本部長も、卒業生だ。豊田社長は「もはや学園生は現場の技能員のリーダーだけはなく、トヨタのリーダー、日本のリーダーにもなるべきだ」と期待をかける。トヨタの人材育成の根幹は、創業者の豊田喜一郎が掲げた「モノづくりは人づくり」という原点。「変えてはいけないことと、変えるべきこと」を見極めながら、人材育成の底上げを図っていく。

日刊工業新聞2022年5月2日

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