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「自動車」「通信」で対立激化、特許紛争頻発の背景と処方箋

「自動車」「通信」で対立激化、特許紛争頻発の背景と処方箋

CASEの進展などを背景に自動車や通信など異業種間の紛争が巻き起こっている(日産自動車の自動運転の実証実験)

無線通信などの標準規格を実現する際に必要な「標準必須特許(SEP)」をめぐり、自動車や通信など異業種の企業間の紛争が国内外で頻発している。CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)など新たなビジネスが活性化していることが背景にある。政府は3月末にSEPライセンス交渉に関するガイドライン(指針)を策定した。企業同士が特許紛争を回避できるよう後押し、新ビジネスの創出を促す。(冨井哲雄)

円滑な新ビジネス創出

SEPは標準規格製品の製造・販売に必要な特許。標準規格は製品間での相互接続などを可能にし、消費者の利便性向上につながる。今後、自動車や建設機械など日本が強みを持つ産業と通信業などとの間でSEPのライセンス取引が増えると見込まれる。

これに伴いSEPをめぐる異業種間の対立が激化する。特許庁総務部企画調査課の仁科雅弘課長は「特に自動車メーカーと通信業がSEPをめぐり対立している」と分析する。ドイツ自動車メーカーのメルセデスベンツ・グループ(旧ダイムラー)と世界通信大手であるフィンランド・ノキアとの紛争をはじめ、最近では米特許管理企業が、コネクテッドカー(つながる車)の通信技術特許を侵害したとしてトヨタ自動車やホンダなどの自動車メーカーを訴えていることが話題となった。

コネクテッドカーや自動運転などに関わる新しいビジネスの活発化は同時に、異業種間の特許紛争という問題を産み出した。

通常、SEPの権利者と実施者はライセンスに関して交渉し解決を図る。交渉が決裂した場合には裁判で争うことになる。だが標準規格や技術の知見に乏しい中小企業にとって裁判は大きな事業リスクだ。無用な裁判を避けるため、「ライセンス交渉の基本姿勢として『誠実』であることが求められる」(経済産業省担当者)。

すでに特許庁はSEPのライセンス交渉に関する手引きを作成している。国内外の裁判例や実務動向などを踏まえ、交渉の論点を客観的に整理。実施者は特許の差し止めを避け、権利者は適切な対価を得られるよう、双方の立場で最適な行動をまとめている。

政府、誠実交渉あり方示す

6月に公表予定となる約4年ぶりの改訂版では、異業種間の紛争の裁判例を追加する。「特許と製品との対応関係などを示した資料(クレームチャート)の提示を義務付けないとする裁判例や、特定の国で取得した特許の効力がその国のみで有効とする『属地主義』に関わる事例などを盛り込む」(特許庁の森清長官)。

一方、手引きに関しては「より踏み込んだルールが必要」「両論併記は裁判官からすると活用が悩ましい」などの声があった。さらに「具体的にどのような交渉が誠実であるかという明確な指針はなく、当事者としては望ましい対応が分からなかった」(経産省担当者)という課題が顕在化。米欧など各国はライセンス交渉に関し意見募集を実施するなど課題解決のための検討を進めている。

こうした潮流の中、日本政府も21年7月に誠実交渉に関するルールを検討する方針を発表。経産省が3月末、SEPのライセンス交渉に関する指針を策定した。手引きとは別に、権利者と実施者が交渉で取るべき誠実な行動規範を示した。こうしたSEPの誠実な交渉のあり方を具体的に定めた政策文書の発表は世界でも初めて。指針の策定には世界が注目しており、日本はSEP交渉の国際的なルール形成を主導したい考えだ。

クレームチャート「提示」を明記

SEPのライセンス交渉では主に4段階の過程を踏む。経産省の指針では、最初の段階である「ライセンス交渉の申し込み」において、クレームチャートの扱いを明確に示した。権利者がSEPのライセンス交渉を申し込む際、権利者はクレームチャートを実施者に提示すべきと明記。さらに実施者が求めた場合、秘密保持契約(NDA)を結ばなくても権利者はクレームチャートを提供することが望ましいとした。

一般的にライセンス交渉の場では権利者がクレームチャートを実施者に提示することが望ましいとされていた。一方、ドイツでは「クレームチャートの提示は義務ではない」とする判例があり、当事者が迷う要因となっていた。同指針でクレームチャートを提供すべきと明記したことはSEPライセンス交渉の円滑化に向けた大きな一歩となる。

指針の策定には、権利者側と実施者側の業界関係者が参加。両者の意見を集約しバランスの取れた内容に仕上げた。経産省担当者は「裁判になると企業は困る。誠実に交渉する基盤ができれば無用な紛争を回避できる」と期待している。

日刊工業新聞2022年4月5日

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