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副業テレワークで老舗日本旅館が1泊3000円に。 瀕死の旅館が起死回生を狙う

副業テレワークで老舗日本旅館が1泊3000円に。 瀕死の旅館が起死回生を狙う

昭和天皇が訪れたこともある由緒正しい老舗旅館

地底のマグマ溜まりから発したガスが湯煙となり、あたり一帯に立ち込める。高温の温泉と噴気があたかも“地獄”のようだと名づけられたのが、長崎県の「雲仙地獄」。硫黄の匂いが漂い、地球の躍動感を感じる。

2年にも及ぶコロナ禍によって観光客が激減し、日本各地の温泉旅館は悲鳴をあげている。雲仙温泉にある創業100年を超える「有明ホテル」もその例に漏れない。

雲仙温泉のランドマーク「雲仙地獄」

このホテルは「ありあけ」ではなく「ゆうめい」と呼ぶ。

というのも、雲仙温泉エリアは、幕末にあのーボルトが海外に紹介したことで、明治期以降ヨーロッパや中国・上海に住む外国人の避暑地であり、日本人にとっては敷居の高いセレブ向け温泉街だった。外国人には「ゆうめい」の方が発音しやすいということで、この呼び方になったとか。

しゃれた山荘のように見えるが、実は警察の駐在所

建物の看板はアルファベット表記が多く、駐在所も「Police Box」と表記されていておしゃれ。街並みもヨーロッパの山間部の観光地を思わせる。

往時は大変栄えたのだろうと推測されるが、日本の各温泉地と同様にバブル期以降衰退。さらに、この地域は災害が多く、記憶に残るところでは平成2年の「雲仙・普賢岳の噴火」、平成26年の「熊本地震」で大打撃を受けた。

住み込み副業プランは利用者によるSNS拡散が必須

有明ホテルも大きな負債を抱え、創業者一族から経営者が変わった。現経営者は、ホテルを運営する「平湯リゾート」社長の平湯晃さんだ。雲仙市の隣の南島原市で生まれ育った平湯氏の本業は、これも100年続く老舗の畳屋。現在57歳の平湯氏いわく「40歳を過ぎて離婚したことで、人生の後半戦をどう生きるか真剣に考え始めた」。それを契機に九州エリアで投資を始めて成功した実績もあって、親戚筋が経営していた有明ホテルの事業譲渡を引き受けた。

社長の平湯晃氏。一見強面だが素朴なキャラクター

といっても平湯さんは旅館業に関しては全くの素人。最大震度6強の熊本地震の風評被害、そしてこのコロナ禍が追い討ちをかけ、いよいよ経営的なピンチに陥った。

「従業員の圧縮などいろいろな手をうちました。従来のように旅行代理店に委託した団体旅行で集客するだけでは、忙しい割に利益率が悪い。しかも従業員は疲弊するという悪循環になっていました。これではダメだと思い、長崎県の『観光地受入態勢ステップアップ事業』の支援を受けて外部の人材を顧問として迎え、様々な戦略を考えたのです」(平湯氏、以下同)

その平湯氏と顧問グループが“朝食を食べている時”に、天から降りて来たように思いついたアイデアが「副業テレワークプラン」だ。

週末やお盆や年末年始などの繁忙期は、現在の従業員だけでは手が足りない。しかし、ハローワークなどに求人を出しても応募がない。そこで有明ホテルでリモートワークをしたい利用客にホテルの仕事を手伝ってもらい、その分時給としての報酬を宿泊料からマイナスするというプランだ。しかしこれでは、地方の温泉の住み込みバーター客あるあるだ。

「ホテルの仕事の様子をSNSやブログで発信してもらい、その分をさらに宿泊料からマイナスしたらいいのではないかと。労働とSNS発信を副業としてやってもらえば、1泊2食付き13,000円のプランの料金が3,000円となります」。なるほど、これなら画期的だ。

内訳は時給1,000円として1日4時間ほど肉体労働をしてもらう。SNSでの発信については広告宣伝費6000円として、計10,000円の労働対価とする。それを13,000円から引いて、利用者の最終的な支払額が3,000円となるわけ。これなら繁忙期のホテル側の雇用問題が解決し、利用者はとてもリーズナブルに宿泊できるので、お互いWIN-WINだ。

リモートワークの気晴らしに、ホテル内で卓球もできる

早速、筆者も副業テレワークプランにトライした。「皿洗いが好き」という平湯氏とタッグを組んでまずは朝食後の食器洗いと整理に挑戦。まず、汚れた食器類をあらかじめ湯に浸すことでご飯粒や料理のこびりつきをふやかす。次に同じ種類の食器をまとめて予洗いし、90度近い高温の食洗機に通して湯を切り、瞬間的に乾いたものを整理整頓していく、といったプロセスだ。

慣れないうちは予洗いのスピードについていけない…

食器類の整理整頓が自分の役目。次々と食洗機を通ってくる食器類を手早く整理するのはひと苦労。平湯氏の予洗と食洗機に通すスピードが早すぎてついていけないし、お湯が尋常じゃないほど熱い。普段の生活ではぬるま湯で洗っているので地味にツライ…。

しかし、いかに合理的に整理していくかを自分なりに考え、集中して作業をこなすことで、グッと集中するため雑念が頭から消え去る。普段はパソコンに向かってひたすら原稿を書いていることが多いので、いつもの仕事では味わえないデトックス効果があるのだ。しかも、食器類が綺麗になっていく様を見るのは一種のカタルシスかも。

その次は大浴場の清掃。こちらは皿洗いに比べれば、追い立てられることもなく、マイペースにやれるのがいい。水道のカランや風呂桶、シャンプーボトルについている湯垢、脱衣所の落ちている髪の毛など、女子目線で細かい部分に注意して掃除できるのが良かった。純粋な肉体労働なのでいい運動になる。

名物のタイル画の前の床をブラシで掃除

一方難しかったのが、布団のシーツ掛けだ。こちらは大ベテランの仲居さんに教えを請う。彼女がやると全くシワが寄らず、アイロンをかけたようにピシッとシーツがかかってまさに神技の域。しかも手早い。不器用な私には、なかなかうまくいかないのが悔しい!

一挙に素早く角の部分を“キメる”のが、シワが寄らないコツだ

これ以外にも布団の上げ下ろし、フロントや庭の掃除など仕事はいろいろある。テレワークに支障のない時間帯で、できる限り本人の希望に沿うような仕事が割り振られる。額に汗して時間給で働くことは新鮮な気分だ。

住み込み扱いなのでなんと3食付き。通常の食事に比べると種類も飾り付けもシンプルだが、地元の旬の食材を使っているのでとても美味。大抵の日本旅館の夕・朝食は食べきれないほど豪華で、食べ物を残すことに罪悪感を覚える“もったいない世代”にはうれしい。もし通常の食事が食べたい場合は、プランの申し込み時に交渉も可だ。

まかない食の一例。量もちょうどよくてうまい!

何より、体にいい天然の硫黄泉の風呂に入り放題。源泉から比較的遠い場所に有明ホテルがあるので、それほど硫黄くさくないし、硫黄の刺激が弱めなのもポイントだ。

2021年の末に6泊7日で副業テレワークプランを利用した、IT関係会社勤務のK氏に話を聞いた。「私が体験したのは庭掃除や風呂掃除が中心で、数回洗い場の手伝いをしました。好きな仕事は風呂掃除です。朝10時からテレワークを始めるので、その前の1時間で掃除を終わらせるために必死でやりました。良い運動になりますし、無心でやるので本業にすんなり移行できます。機会が合えばまたやりたいですね」とK氏は満足気だ。

副業の様子は会社のグループラインや、チャットツールで日々配信。社内での反応は上々で、自分もやってみたいという声があったそうだ。1週間ともなると仕事の発信ネタが尽きてくるので、雲仙の観光ネタや周辺アクティビティなどをアップしてもいいそうだ。

SNSでの投稿は有明ホテルでの副業以外も可

テレワークは自分の部屋のローテーブルや縁側のドレッサーを使って行う。また、有明ホテルから車で10分ほどの場所に、「雲仙BASE」というシェアオフィス兼コワーキングスペースがあるので、そこで仕事をしてもいい。将来的には、有明ホテル内の元スナックだった場所を活用してコワーキングスペースを作る予定もあるとか。

雲仙BASEのコワーキングスペース

副業テレワークプランを告知したところ、予想を超える応募があったそうだ。会社員や自営業のシングルやカップルで申し込みがあった。意外なのは女性客の申し込みが多かったこと。

こういった新しい動きは、有明ホテルのスタッフにもいい影響を与えている。

「いつまでも外部の人材に頼っていてもいられません。新戦略を始動してから、ある若手社員にツイッターのフォロワーが何千人もいることを知りました。それまでうちはインスタもツイッターもやっていなかったので、個人のSNSについて話すこともありませんでした。彼の発信力を使ってお客様が増えたらその分報酬として支払うこともできます。やる気のある人材をどんどん引き揚げていきたいですめ」

また、平湯氏自身のマインドセットも変化した。

「本業の畳屋の仕事は安定的な顧客もついていて、特に営業をしなくても良かったし、副業など考えもしませんでした。でも、そのうち年齢的に体力面でキツくなります。だから、ホテルの経営を自分のセカンドキャリアとして真剣に考えていきたい。それもただのホテルではなく、この場所をハブにして、様々な業種の人々が交流し、新たなビジネスの創出の場になることを夢見ています。そうそう簡単にはいかないと思いますが、それを考えるとワクワクしますね」と、平湯氏は微笑む。

副業テレワークプランが、57歳のワクワク感をどこまで加速させるか? 

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