三菱ガス化学は事業再編…転換点・エンプラ市場で問われること
耐熱性や機械強度などの優れた特性を持つエンジニアリングプラスチック市場が変わり始めた。ポリカーボネート(PC)樹脂は中国メーカーが台頭し、三菱ガス化学はエンプラ事業再編を決めた。2021年に自動車生産を止めるまでの供給不足に陥ったナイロン66は、代替素材の引き合いが増えている。転換点を迎えたエンプラ市場の動きを追った。(梶原洵子、大阪・友広志保)
【三菱ガス化学事業再編】株追加取得で主体企業明確化
「これまでの右肩上がりの拡大に対し、今は大きな転換点。従来の体制では激しい変化に対応できない」。三菱ガス化学の香坂靖取締役常務執行役員は、PC樹脂製品などのエンプラ事業再編の理由をこう語る。
同社は三菱ケミカルとの折半出資会社、三菱エンジニアリングプラスチックス(MEP、東京都港区)の株式25%を買い増し、23年4月に連結子会社化する。MEPは1994年設立のエンプラ販売会社。三菱ガス化学と三菱ケミカルのPC樹脂を用いた混練(コンパウンド)製品などを販売している。
MEPはPC販社として世界3位で、シェア10%超を持つが、原料高や中国勢の増産により競争環境は厳しい。株式の追加取得で主体企業を明確にし、事業環境の変化に対応する狙い。三菱ガス化学の21年度決算は、好決算の見込みだ。「これを機に長年の懸案を解消する」(香坂取締役常務執行役員)。
PCはエンプラの中でも市場の大きい汎用エンプラに分類される。市場が拡大すれば新興国勢の生産が増え、規模の勝負が難しくなるのは他の汎用樹脂がたどった道だ。「PC事業は規模でなく収益性が焦点。高付加価値化を推進したい」と合成樹脂事業部長の寺岡康郎執行役員は話す。
三菱ガス化学はMEPの連結子会社化に合わせて、MEPをPC樹脂製品の専業会社に転換。ポリアセタール(POM)事業などは社内に取り込む。海外子会社などと合わせて新会社のグローバルポリアセタール(GPAC)に統合し、「世界市場へ打って出る」(香坂取締役常務執行役員)。将来はPOM増産の可能性も視野に入れる。
一方、MEPのポリブチレンテレフタレート(PBT)事業などは三菱ケミカルが引き継ぐ。
ユニチカ「ゼコット」車用途で初採用
ユニチカがナイロン66などの代替に提案する、高耐熱ポリアミド「ゼコット」の引き合いが好調だ。上埜修司社長は「宇治事業所(京都府宇治市)に年産500トンクラスの設備を持つが、ようやく設備の能力が発揮できそうだ」と顔をほころばせる。
ゼコットはバイオマス原料の使用比率が50%以上のスーパーエンプラで、11年に開発した。掃除機の吸引力を生み出す部品のインペラ向けに加え、最近のナイロン不足をきっかけに自動車用途で初採用に至った。上埜社長は「自動車向けに使われるということは、信頼性が評価された証だ」と力を込める。採用実績を生かして、さらなる拡販につなげる。
21年初めのナイロン66不足は、中間原料の工場が集まる北米の大寒波が原因だった。この急激な不足は解消されたものの、供給網のリスクは残る。代替素材の需要は続くとみて、蘭DSMグループもナイロン46樹脂「スタニール」を訴求する。
ナイロン66は自動車や産業用途の樹脂に加え、繊維での利用も多い。特に高温ガスで膨らませる自動車エアバッグには強度や耐熱性が求められるため、ナイロン66を用いる場合がほとんどだ。
東レの倉本将秀産業資材事業部長は「エアバッグ用素材としてはナイロン66が理想」と話す。同社はナイロン66でエアバッグ用原糸や基布を生産。高度な製造技術が必要となり、日本企業が優位性を発揮できる。
旭化成はベトナムにエアバッグ用基布の製造拠点を新設し、24年上期の稼働を決めた。ベトナムにはエアバッグ縫製工場があり、基布工場の新設で生産体制を強化する。
同社は原料を自社生産と調達で確保し、宮崎県延岡市で原糸まで一貫生産する体制を持つことが強み。現在、調達不安はないという。ナイロン66繊維を他の用途からエアバッグ用に割り当てる量を増やし、ベトナムの生産増強に対応する。
エアバッグは世界各国の安全規制強化などで市場拡大が見込まれる。繊維各社は拡大するエアバッグ市場を取り込みつつ、ナイロン66の供給網リスクにどう対応するかが問われる。
ダイセル、5年間で670億円投資/住化、生産能力3割増強
POMや液晶ポリマー(LCP)は、国内勢の増産意欲が旺盛だ。ダイセルはエンプラ専業メーカーのポリプラスチックス(ポリプラ、東京都港区)の完全子会社化を機に、増産投資を加速。ダイセルは25年度までの5年間で、世界首位のPOMやLCPの増産などに670億円の投資を計画し、市場拡大に対応する。
ダイセルは約1685億円を投じ、米セラニーズとの合弁だったポリプラを20年10月に完全子会社化した。それまで一定額以上の投資に関する事前合意や製品販売地域の制約があったが、完全子会社化に伴い、これらを撤廃した。
POMは自動車部品や家電製品などに幅広く使われ、ダイセルは年率3―4%で世界市場が成長するとみる。日本、中国、台湾、マレーシアにPOMの生産拠点を持ち、年29万トンを生産。24年には中国で年9万トンのプラントを設ける計画で、旺盛な需要を取り込む。
LCPは「コンピューターやスマートフォン向けの需要が多く、台湾企業が重要な顧客」(塩飽俊雄ポリプラ社長)のため、24年上期に台湾で新プラントを稼働する。現在、LCPは日本のみで重合しており、台湾では手がけていない。生産能力を従来比約30%増の2万トンに高めるとともに、需要地での供給体制を盤石にする。
住友化学もLCPの増産を決めた。愛媛工場(愛媛県新居浜市)に生産プラントを増設し、生産能力を現在の年約1万トンから23年夏までに約3割増強する。今後の市場拡大をにらみ、生産能力のさらなる拡大も検討する。
LCPは耐熱性や流動性、寸法精度に優れ、第5世代通信(5G)や電気自動車向けに需給が逼迫(ひっぱく)している。同社は70年代からLCPを研究し、今、大きく花開こうとしている。
さらに今後は、エンプラにも環境対応が求められる。旭化成は二酸化炭素(CO2)を原料にPC樹脂を製造する技術のライセンスビジネスを実施。三菱ガス化学はPCとPOMのそれぞれで、CO2やグリーンメタノールの原料利用を検討する。
旭化成は、ナイロン66(ポリアミド〈PA〉66)のバイオ化に向けて、米ジェノマティカと戦略提携を結んだ。早ければ20年代後半にも、同社の技術を用いてPA66原料のヘキサメチレンジアミンをバイオマスから製造する工場を稼働させる。他社に先駆けてバイオPA66の実用化を目指す。エンプラの新展開が期待される。