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中国の巨大火鍋チェーンから日本企業が学ぶべき姿勢とは

<情報工場 「読学」のススメ#101> 『海底撈 知られざる中国巨大外食企業の素顔』(山下 純 著)
中国の巨大火鍋チェーンから日本企業が学ぶべき姿勢とは

同社フェイスブックページより

マクドナルドやスターバックスに次ぐ「火鍋チェーン」

1994年に張勇(ジャンヨン)氏らによって創業された、中国発の四川風火鍋料理チェーン「海底撈(かいていろう)」。2021年11月時点で、中国国内に加え、東南アジア各国、アメリカ、イギリス、オーストラリアなど世界合計1,500店舗以上を展開するまでに成長した。日本でも、首都圏や大阪、福岡などに出店している。

ウクライナ情勢もあり現在の株価は急落しているが、昨年の時価総額は一時5兆円を超えた。これは外食産業において、マクドナルド、スターバックスに次ぐ世界3位の数字だ。

なぜ海底撈はこれほどの勢いで伸びたのか。『海底撈 知られざる中国巨大外食企業の素顔』(徳間書店)には、経営哲学からマーケティング戦略まで、さまざまな「強さ」の秘密が明かされている。人材育成や顧客の嗜好を掴むマーケティング手法などが中国市場を知る上で参考になるだけでなく、自動化技術や顧客データを活用した取り組み等々、日本企業がヒントにできる点も多いはずだ。

著者の山下純氏はパナソニックに在籍中。2017年から2020年にかけて、海底撈グループとの協業事業の立ち上げに参画、合弁会社の初代総経理として現地で陣頭指揮を執った。そんな同氏が著した本書からは、具体的な取り組みや戦略のみならず、現場で一緒に仕事をしたからこそわかる海底撈経営層の考え方や、現場の雰囲気が伝わってくる。

「師弟制度」「信賞必罰」――独特の人材育成システム

中国における火鍋は「国民食」ともいわれるほどの定番メニューだ。火鍋店の人口あたりの店舗数(10万人あたり約40店舗以上)は、日本でいうコンビニ(同約45店舗)に近いというから、中国の都市部であればたいていの土地で火鍋にありつけるのだろう。

海底撈の中国国内の店舗数は、2021年に1,500店舗ほど。日本でいえば、壱番屋が展開するカレーチェーン店、「COCO壱番屋」は日本国内に1,253店舗(2021年2月時点)だというから、海底撈は、店舗数だけ見ればさほど驚くにはあたらない。

では何が、他店に負けない海底撈の「強み」なのか。本書によれば、まず海底撈が「変態級接客サービス」と呼ばれるほどの「顧客至上」を徹底している点が挙げられる。

「変態級」とは「ここまでやるか!」と呆れ返るくらいのサービスを良い意味で形容したものなのだろう。例えば海底撈の入店待ち時間に無料のネイルサービスや靴磨きを提供。客の赤ちゃんが泣けばすぐにその席に行ってあやし、店のメニューにないものを頼まれれば外から買ってくる。飲食店なのに、ある客の「洗髪したい」という要望に応え、化粧室にシャンプーとドライヤーを用意する……。これらは、トップダウンの指示・指導によるものでも、マニュアル通りの対応でもない。現場スタッフが自ら考え、機転を利かせた極上のサービス提供なのだ。それは、現場に権限委譲がなされていることも意味する。

五輪招致時にも強調されたように、細部にまで気を効かした「おもてなし」は、本来日本人のお家芸のはず。だが、老舗旅館やミシュランの星付き店ならいざ知らず、全国一律が基本の日本のチェーン店では、「マニュアル通り」が基本になっているところが多い。それに対する海底撈の凄さは、現場への権限委譲を進めながら、マニュアル以上のサービスを自分で考えて提供できる人材を大量に育てたところにあるのだろう。

海底撈の人材育成は、ユニークな「師弟制度」の上に成り立っているという。以下は単純化したものだが、例えば店長Aの部下Bが、他店舗の店長になった場合、Bの店舗の売上の2~3%がAの報酬となる仕組みがある。さらにその部下Bの部下Cが他店舗の店長になれば、AにCの店の売上の数%も還元されるというのだ。海底撈では、上司が自らの知見やノウハウを惜しみなく部下に継承するシステムが構築されており、上記の仕組みは、そのモチベーションを担保するものといえよう。

この師弟制度では、部下の成績が悪い場合も上司に影響が及ぶ。「信賞必罰」が徹底しているともいえるが、これはシビアだがチャンスでもある。

海底撈の人事の特徴には「実力主義」もある。都市部出身の大卒者だろうが、農村出身で学歴もコネもない若者だろうが、同じようにホールスタッフからスタートし、成績がよければのしあがっていける。したがって、農村出身の若者が「チャイナドリーム」に挑む絶好の場として知られているらしい。

ただしこの点については、同じやり方がそのまま日本で通用するかは未知数だ。師弟制度や信賞必罰は、「ジャパンドリーム」に挑む若者が希少な(そもそもそんな言葉が使われない)現代日本にはそぐわないかもしれない。ゆるくアルバイトをするもよし、正社員でバリバリ働くもよし。いわば、多様な働き方が用意されている職場が好まれる傾向にあると思うからだ。

外食産業の自動化やデータ活用の最先端

さらに海底撈で驚かされるのは、その「挑戦する姿勢」や「先進性」だ。

海底撈は、2018年にパナソニックと協業し、厨房を自動化した「スマートレストラン」を北京市内にオープンしている。厨房のバックヤードでは、18台ものロボットアームが、タブレット経由で入ったオーダーに合わせて皿をトレイに並べ、ベルトコンベアに載せる。その皿をホールロボットがピックアップし、顧客のテーブルまで運ぶ。皿には電子タグがつけられ、在庫数や賞味期限の管理まで行われている。

データ活用も進む。海底撈の会員制度の登録人数は数千万人を超えるといわれる。彼らの利用履歴のデータは自社プラットフォーム上に蓄積されており、会員はいつどこの海底撈に入っても、テーブル上のタブレット端末から自分の過去のオーダーを確認し、細かく味を調整した自分専用のつけダレなどを簡単にリピート注文できるという。

こうした海底撈の自動化やデータ活用は、おそらく世界でも最先端ではないだろうか。

日本のチェーン店でも、過去のオーダーの履歴からリピート注文できる仕組みがあれば、料理のトッピングの組み合わせ、お酒の銘柄など便利に使えそうだ。何よりビッグデータやAIの活用がビジネスの成否を左右する現代、味や料理の嗜好のデータは、さまざまな新しいサービス開発にもつながるだろう。

今後、パナソニックと海底撈のように日中企業が協業、あるいは学び合って切磋琢磨し、共に成長していくことに期待したい。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

『海底撈 知られざる中国巨大外食企業の素顔』
山下 純 著
徳間書店
192p 1,650円(税込)
<情報工場 「読学」のススメ#101>
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
海底撈には訪れたことはないのだが、確かに過去の細かいオーダー履歴を見られるのは利便性が高く、リピーターを増やせそうだ。だが、これは中国だからこそ実現できたシステムであり、現代の日本では、プライバシーの観点から「気持ちわるさ」を感じる人も少なくないかもしれない。おそらく日本のチェーン店でも技術的には十分実装可能だが、客の抵抗感を考慮して導入をためらっている可能性もある。それでも、考えてみれば、このオーダーシステムは、行きつけの店で「いつもの」と言えば何も言わずに注文の品が出てくる、といった昔からある店のサービスを電子化したものにすぎないのではないか。「メニューにないものを頼める」というのも常連向けのサービスとして珍しいものではなかった。最先端のサービスが、昔ながらの人情味あふれるサービスに回帰しているのは面白い現象だ。

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