インドに続け!日本は「新幹線」を世界で走らすことができるか
安全性や技術力だけでは足りない。相手国に合わせた柔軟な戦略必須
新幹線をはじめとする鉄道インフラの輸出に向けた動きが活発化している。インドでの新幹線方式の導入が決まったほか、米国テキサス州での高速鉄道事業に日本の官民ファンドが出資する。環境負荷が低く大量輸送が可能な鉄道輸送は、インフラが未整備な新興国だけでなく先進国でもニーズがある。日本の鉄道は安全性と技術力が武器だが、破格の条件で相手国にアプローチする中国の存在感が増している。戦略的な取り組みが必要だ。
「官民一体となって最大限取り組んで参ります」。石井啓一国土交通相は12月12日、日本とインドの両国政府が高速鉄道に関する協力覚書の署名を受け、高速鉄道の実現に向けて談話を発表した。
新幹線の導入が決まったインドのムンバイ―アーメダバード間は約500キロメートル。最高時速は320キロメートルを予定する。総事業費は9800億ルピー(約1兆8000億円)。新幹線の採用は台湾に続いて2例目となる。
高速鉄道の建設に向け、日本は資金と技術を援助する。総事業費のうち最大81%まで円借款を供与できる。金利は年0・1%に設定した。償還期間は50年(据え置き期間15年)で「あまり例がない」(外務省)ほどインドに好条件を示して合意にこぎつけた。
米国については、国土交通省が11月、官民ファンドである海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)がテキサス州の高速鉄道事業に4000万ドル(約49億円)出資することを認可した。米国企業が計画するダラス―ヒューストン間約385キロメートルを約90分で結ぶ高速鉄道事業にJOINが参画する。JR東海の新幹線システムを採用する予定で、22年の開業を目指す。
タイの高速鉄道では、日タイ両国政府が5月に交わした覚書をもとに、国際協力機構(JICA)による新幹線の導入を前提にした事業化調査(FS)が12月から始まった。バンコク―チェンマイ間を可能な限り直線に近いルートで660キロ―670キロメートルを結ぶ考え。過去に両国が個別に実施した調査では事業費1兆円強になると試算している。
一方、インドネシアの高速鉄道事業については、日本が受注活動で先行していたにもかかわらず、9月に中国にひっくり返された苦い記憶がよみがえる。
中国はインドネシア政府に財政負担や債務保証を求めない事業案を示して受注に結びつけた。事業案の実効性には疑問が生じるところだが、日本の戦略に問題がなかったわけではない。日本とインドネシアのこれまでの関係から「受注できると安心しきっていた面もあった」(政府関係者)。
こうした中、安倍晋三首相は11月にマレーシアで、アジア地域のインフラ整備に向けた協力施策「質の高いインフラパートナーシップ」のフォローアップ内容を発表。円借款・海外投融資の迅速化や、海外投融資における民間金融機関との協調融資の実施など、資金面でのメニューを強化した。「インドネシアの高速鉄道を受注できなかった影響はゼロではない」(同)と、失敗から得た教訓をフォローアップした協力施策に反映させた。
政府は20年に約30兆円のインフラシステム受注の目標を掲げ、インフラ輸出策を推進している。ただ、高速鉄道事業は実施国にとって国家プロジェクトのため、政治的なリスクや巨額なファイナンスへの対応に目配りしないといけない。
そのため、政府首脳などの継続的なトップセールスや相手国が利用しやすいファイナンススキームの提供などが不可欠だ。民間企業が参画しやすい環境整備も重要になる。
日本の新幹線は安全性や技術力が強みだが、どれだけ戦略的に”ヒト“と”カネ“も組み合わせることができるか。相手国の状況が変化しても柔軟に対処できるしたたかさも必要だ。官民一体となった日本の総合力が問われる。
世界各地で進む新幹線プロジェクトの中でも、JR東海を中心に民間が主体となっているのが、米国のプロジェクトだ。JR東海の柘植康英社長は2日、建設主体となる新会社に出資する意向を明らかにした。米テキサスの新幹線計画は、東海道新幹線の「N700系」を中心とする高速鉄道のトータルシステム「N700―I Bullet」の導入を前提に、JR東海が技術的なプロモーションを展開している。
このプロジェクトも11月にJOINの出資が決定するなど、政府の後押しで大きく前進した。JOINが出資するテキサス・セントラル・パートナーズ(TCP)は、地元企業などが出資して設立した新幹線計画の推進主体。TCPは7月に地元企業などから約7500万ドル(約92億円)の資金を調達しており、今後は着工に向け、米運輸省鉄道局が環境影響評価の手続きを進める。
現在のところ、JR東海はこのプロジェクトに資金を出していない。日本からの本格的な資金提供はJOINが初めてで、この点も特徴的なプロジェクトだ。
テキサスのプロジェクトはJOINの出資により、建設を前提とした資金調達と詳細設計の段階に入った。JR東海がそこに資金を提供し、着工に向けてプロジェクトを後押しする。
新幹線の導入を目指すダラスとヒューストンは、それぞれ人口約600万人前後の大都市。両都市間の距離は東京―名古屋間に相当する。新幹線は初期投資がかさみ、計画から開業まで時間がかかるため、旅客流動が見込めるかが、必須要件となる。世界広しといえども、これをクリアするところはそう多くないのが実情だ。
JR東海は09年に新幹線の海外展開を専門とする「海外高速鉄道プロジェクトC&C事業室」を設置。米国に的を絞り、葛西敬之名誉会長を中心に、新幹線と超電導リニアの売り込みに力を入れてきた。以前は、米フロリダ州の新幹線プロジェクトも進めていたが、11年に知事が代わって白紙となり、テキサスに一本化した経緯がある。こうした苦い経験も踏まえ、政府とJR東海は米国から要人が来日する度に、リニアの試乗を実施するなど、官民一体でつながりを深め、慎重に事を進めている。
(文=村山茂樹、高屋優理)
タイでも調査、事業費は1兆円
「官民一体となって最大限取り組んで参ります」。石井啓一国土交通相は12月12日、日本とインドの両国政府が高速鉄道に関する協力覚書の署名を受け、高速鉄道の実現に向けて談話を発表した。
新幹線の導入が決まったインドのムンバイ―アーメダバード間は約500キロメートル。最高時速は320キロメートルを予定する。総事業費は9800億ルピー(約1兆8000億円)。新幹線の採用は台湾に続いて2例目となる。
高速鉄道の建設に向け、日本は資金と技術を援助する。総事業費のうち最大81%まで円借款を供与できる。金利は年0・1%に設定した。償還期間は50年(据え置き期間15年)で「あまり例がない」(外務省)ほどインドに好条件を示して合意にこぎつけた。
米国については、国土交通省が11月、官民ファンドである海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)がテキサス州の高速鉄道事業に4000万ドル(約49億円)出資することを認可した。米国企業が計画するダラス―ヒューストン間約385キロメートルを約90分で結ぶ高速鉄道事業にJOINが参画する。JR東海の新幹線システムを採用する予定で、22年の開業を目指す。
タイの高速鉄道では、日タイ両国政府が5月に交わした覚書をもとに、国際協力機構(JICA)による新幹線の導入を前提にした事業化調査(FS)が12月から始まった。バンコク―チェンマイ間を可能な限り直線に近いルートで660キロ―670キロメートルを結ぶ考え。過去に両国が個別に実施した調査では事業費1兆円強になると試算している。
存在感増す中国。安倍政権、質の高い協力で教訓生かす
一方、インドネシアの高速鉄道事業については、日本が受注活動で先行していたにもかかわらず、9月に中国にひっくり返された苦い記憶がよみがえる。
中国はインドネシア政府に財政負担や債務保証を求めない事業案を示して受注に結びつけた。事業案の実効性には疑問が生じるところだが、日本の戦略に問題がなかったわけではない。日本とインドネシアのこれまでの関係から「受注できると安心しきっていた面もあった」(政府関係者)。
こうした中、安倍晋三首相は11月にマレーシアで、アジア地域のインフラ整備に向けた協力施策「質の高いインフラパートナーシップ」のフォローアップ内容を発表。円借款・海外投融資の迅速化や、海外投融資における民間金融機関との協調融資の実施など、資金面でのメニューを強化した。「インドネシアの高速鉄道を受注できなかった影響はゼロではない」(同)と、失敗から得た教訓をフォローアップした協力施策に反映させた。
政府は20年に約30兆円のインフラシステム受注の目標を掲げ、インフラ輸出策を推進している。ただ、高速鉄道事業は実施国にとって国家プロジェクトのため、政治的なリスクや巨額なファイナンスへの対応に目配りしないといけない。
そのため、政府首脳などの継続的なトップセールスや相手国が利用しやすいファイナンススキームの提供などが不可欠だ。民間企業が参画しやすい環境整備も重要になる。
日本の新幹線は安全性や技術力が強みだが、どれだけ戦略的に”ヒト“と”カネ“も組み合わせることができるか。相手国の状況が変化しても柔軟に対処できるしたたかさも必要だ。官民一体となった日本の総合力が問われる。
米国・テキサスPJ、大きく前進へ
世界各地で進む新幹線プロジェクトの中でも、JR東海を中心に民間が主体となっているのが、米国のプロジェクトだ。JR東海の柘植康英社長は2日、建設主体となる新会社に出資する意向を明らかにした。米テキサスの新幹線計画は、東海道新幹線の「N700系」を中心とする高速鉄道のトータルシステム「N700―I Bullet」の導入を前提に、JR東海が技術的なプロモーションを展開している。
このプロジェクトも11月にJOINの出資が決定するなど、政府の後押しで大きく前進した。JOINが出資するテキサス・セントラル・パートナーズ(TCP)は、地元企業などが出資して設立した新幹線計画の推進主体。TCPは7月に地元企業などから約7500万ドル(約92億円)の資金を調達しており、今後は着工に向け、米運輸省鉄道局が環境影響評価の手続きを進める。
現在のところ、JR東海はこのプロジェクトに資金を出していない。日本からの本格的な資金提供はJOINが初めてで、この点も特徴的なプロジェクトだ。
テキサスのプロジェクトはJOINの出資により、建設を前提とした資金調達と詳細設計の段階に入った。JR東海がそこに資金を提供し、着工に向けてプロジェクトを後押しする。
かさむ初期投資、旅客流動が必須要件
新幹線の導入を目指すダラスとヒューストンは、それぞれ人口約600万人前後の大都市。両都市間の距離は東京―名古屋間に相当する。新幹線は初期投資がかさみ、計画から開業まで時間がかかるため、旅客流動が見込めるかが、必須要件となる。世界広しといえども、これをクリアするところはそう多くないのが実情だ。
JR東海は09年に新幹線の海外展開を専門とする「海外高速鉄道プロジェクトC&C事業室」を設置。米国に的を絞り、葛西敬之名誉会長を中心に、新幹線と超電導リニアの売り込みに力を入れてきた。以前は、米フロリダ州の新幹線プロジェクトも進めていたが、11年に知事が代わって白紙となり、テキサスに一本化した経緯がある。こうした苦い経験も踏まえ、政府とJR東海は米国から要人が来日する度に、リニアの試乗を実施するなど、官民一体でつながりを深め、慎重に事を進めている。
(文=村山茂樹、高屋優理)
日刊工業新聞2015年12月29日深層断面