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私は会社の存続かけ本気の値上げ交渉をしている

文=戸田拓夫(キャステム社長)1割の顧客が減っても残る9割で最低限の利益を出す覚悟
**技術屋の経営者は値上げ交渉が下手
 海外の材料を使ってモノをつくっている製造業者は資材の高騰で厳しい経営環境に陥っている。われわれ精密鋳造企業の経営者の集まりで「もはや自社のカイゼン活動では経営を維持できない」という話が出た。

 振り返ってみると、1990年代に100社あった同業者が、今は3分の1に減ってしまった。世に言う「優良企業」、「ホワイト企業」と言われる大手企業ほど購買は厳しい価格を提示してくる。こうした企業が利益を出して大型の設備投資をし、福利厚生を充実できるのは、取引先から安く部品や資材を購入して高く売れるものを作るという、当たり前のことをやっているだけのことだ。

 部品製造や加工業の中小企業の中でも、特に技術屋の経営者は値上げ交渉が下手だ。取引先へ値上げ要請に行っても「転注」をちらつかされて脅されるとすぐに引き下がってしまう。経営に行き詰まった中小企業の社長がある日突然いなくなった話も聞いた。

 わが社では8月から社長である私自身が納入先を訪問して値上げを要請している。数%アップを示しているが、できれば十数%以上とお願いしている。顧客のうち5割は認めてくれ、4割は納入条件調整で了承してくれた。残る1割は難航しており、状況によっては取引をやめる不退転の決意で臨んでいる。1割の顧客が減っても残る9割で最低限の利益を出す覚悟だ。

来年は中小企業の倒産増え続ける恐れ


 値上げを了承してくれないということは、「経営悪化で廃業になっても構わない」と言われているのに等しい。「存続してほしい」と思ってくれているならば、原材料価格高騰分くらいの値上げは認めてくれるのが普通だろう。それに何より、値上げを認めてくれたほかの企業に対して失礼になる。今、値上げをのんでもらえなければ、事業継続はかなり難しくなる中小企業は多い。この状況下だと、2016年は倒産する企業が増えるのではないかと危惧している。

 一方、中小企業を圧迫しているのは、原材料や納入価格の問題だけではない。採用難も出ている。わが社では関東の事務所に勤務する6人のうち、4人が退職した。大手企業に引き抜かれた者、公務員になった者などがいる。高い給料や安定した雇用環境を前面に出されると中小企業は太刀打ちできない。待遇や福利厚生を良くしなければ優秀な人材を保持することさえできず、まともなモノづくりができない。

 今、テレビで中小企業が大企業に技術力で立ち向かう番組が人気となっているが、時代や現状を映し出している気がする。中小企業も本気で取引先の大手企業に向かい合わなければならない時がきている。

【略歴】
戸田拓夫(とだ・たくお)79年(昭54)早大理工中退、同年キングインベスト(現キャステム)入社、98年専務、06年社長。広島県出身、59歳。
日刊工業新聞2015年12月28日 パーソン
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
大手製造業の調達・購買部門は単なる交渉屋ではなく、プロフェッショナルであることを求められている。いかに中小企業側も戦略的癒着関係を大手と築けるか。一つはオリジナル技術、一つはまさに経営トップの覚悟。

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