ニュースイッチ

“本場”欧州の知見生かせるか、洋上風力プロジェクトに参画した電力会社が明かす驚きと経験

日本の電力会社が建設段階から参画した初めての海外の洋上風力プロジェクト、英トライトン・ノール洋上風力発電所が完成した。3月までに全90基が商用運転に入り、世界2位の規模となる。2018年にJパワーが25%、関西電力が16%を出資した。特にJパワーは土木と電気の技術者2人を常駐派遣し、現地で建設・施工段階から携わった。わが国の再生可能エネルギーは今後、洋上風力発電が中心とならざるを得ない。本場・欧州での知見をどう生かせるかが問われる。(編集委員・板崎英士)

英トライトン・ノール洋上風力…建設・施工から携わる

トライトン・ノール洋上風力発電所はロンドンから北へ約200キロメートル、英国東部の北海沖に位置する。デンマーク・ベスタスの出力9500キロワットの風車90基を設置、総出力は85万7000キロワットで一般家庭80万世帯分の電力を賄う。独イノジーのプロジェクトにJパワーと関電が参画した案件だが、20年に独電力大手のRWEがイノジーを統合し現在はRWEの事業となった。風力発電3位の事業者だ。

「欧州には“洋上風力ムラ”が存在し驚いた」。19年1月から21年6月まで、土木技術者として現地に駐在したJパワーの笠原覚氏(現再生可能エネルギー本部風力事業部響灘洋上風力建設準備室長)は当時を振り返る。

開発から施工、運転、保守、金融までをパッケージで提供する企業が複数あり、風車据え付けなどの専門企業も育っている。さらに洋上風力の盛んな英国、デンマーク、ドイツ、ベルギーなど国境を越えて活動するプロの技術者も存在する。こうした組み合わせで巨大プロジェクトが運営されている。「ワークショップなどでライバル社とも意見を交した」(笠原氏)と、各案件を渡り歩く人の知見はおのずと広がっていく。

笠原氏がもう一つ驚いたのは、洋上風力に対する社会の受容度だ。プロジェクトが認可されれば、基本的に後は手順に沿って進めるだけという。地権者に対して丁寧に説明し、合意を得る必要があるのは日本と同じ。ただ、広大な大陸棚が広がる北海沖では、そもそも漁業への影響が少ない地域を候補地として選ぶ。問題発生に備え、利害関係者の協議手順や補償基準も明確に定められている。

モノパイル方式では支柱を1日、風車も1日で設置する

また、陸上部分の送電線は環境に影響が少ない地下埋設が基本で、地権者には地役権が認められる。こうした枠組みにより「保証金目当ての反対派などはまず存在しない」(笠原氏)。トライトンは陸上送電距離が60キロメートルあり130人の地権者がいたが、反対する人は事業計画を十分に理解できない3人だけで、公益を優先して強制収用になったという。

洋上には2カ所の変電所を設置し、22万ボルトに昇圧して約110キロメートル先の陸上変電所まで海底ケーブルで送電する。陸上の地中ケーブルとも事業者が最適な方法でインフラを作るが、完成後は送電事業者への売却が義務付けられている。

浮体式、ノウハウ磨く

洋上風力に対する日本と欧州の環境差はよく指摘される。北海沖は風況がよく大陸棚が続くため、着床式の風車を設置しやすい。水深20―30メートルで堆積層が広がる大陸棚では、1本の支柱を打ち込むモノパイル方式が主流だ。

モノパイルの据え付け工事は非常に合理化されている。トライトンの工事では大型作業船に基礎を5本乗せて出港し、1日に1本のモノパイルを打ち込み翌日は次の場所に移動。5本を打ち終えたら港に戻り、5本積み込んで現場に戻る。作業員は2週間乗り続け、昼夜2交代で作業する。2週間で10本打って次の作業チームと交代になる。

モノパイルは全基分を先に打ち、その後まとめて風車本体を据え付けた。本体も1日に1台の取り付けが可能で、同様の工程を繰り返した。笠原氏は「システム化された手順や安全管理、海底ケーブルの施工方法など今後の現場で大いに参考になる」と強調する。

洋上には2カ所の変電所が設置され、2万ボルトに昇圧して陸上に送電する

ただ、水深が深く地震や台風が多い日本の安全基準は厳しい。Jパワーが北九州市沖の響灘で手がける洋上風力は、4本の杭を打ちその上に台座を載せるジャケット式で工事も大がかりだ。「英国の経験は響灘の案件に直接参考になる部分と、判断指標とする部分がある」(笠原氏)。さらに深い海域では浮体式が必要になる。

欧州は洋上風力に30年以上の歴史があり、1―2年の間にトライトンを上回る規模のプロジェクトが続々と完成する。一方、日本は緒に就いたばかり。風車の大型化など世界の技術競争は進んでいる。装置産業は経験値がものを言う世界だ。

Jパワーは今後も海外の収益性の高い案件へ積極的に参画する方針。ただ「これからは完成案件の権益を買う事業では収益性が厳しくなる。リスクをとって初期段階から入らないと難しいのでは」と国際営業部再生可能エネルギー開発室の飯塚俊夫室長は指摘する。

陸上部では送電線はすべて地下に設けられ河川や道路は下を潜って敷設される

日本の洋上風力業界は台湾やベトナム、中国、インドなど、風況がよく自然条件が日本と似ているアジア諸国をターゲットに見ている。「欧州で浮体式の案件が増えてきたように、いずれは浮体式が主流になる。海外案件に参画することで最新技術に触れられる」(飯塚室長)という狙いもある。

欧州スタンダードの洋上風力をアジアの国々がどこまで取り入れるのか。今後、アジア市場を狙う日本の風力業界が“ガラパゴス化”しないためにも、貴重な経験を業界に発信することが望まれる。

インタビュー/Jパワー再生可能エネルギー本部風力事業部響灘洋上風力建設準備室長・笠原覚氏

現地に2年半駐在し、建設段階から洋上風力プロジェクトを経験した笠原覚氏に、プロジェクトの総括を聞いた。

―英国は洋上風力の社会受容度が高いと言われています。具体的には。
 「RWEの同僚に地権者で事業に反対する人がいたらどう対応するか聞くと『カーボンネットゼロ(温室効果ガス排出量実質ゼロ)を実現する代替案を求める』と答えた。日本では考えられない。地権者との交渉のイメージもまったく違った。風力発電に対する社会全体での合意形成と、リスクコミュニケーションができていた」

Jパワー再生可能エネルギー本部風力事業部響灘洋上風力建設準備室長・笠原覚氏

―欧州の現場を経験して感じたことは。
 「設計や施工で欧州標準が確立されている。各国が共通のインフラを使うと同時に、市場メカニズムも働いている。ノウハウの共有と競争原理の両方でコストが下がるのだろう。国内はまだそこまで至っていない」

―日本の課題は。
 「欧州は1基当たりのコストが安く、スケールメリットもある。また、英国ではCfD(低炭素電源のインセンティブ制度)など売電環境も整っている。個人的意見だが、日本は地権者や漁業権への対応、長距離送電網の整備、事業費の負担方法などに課題がある」

日刊工業新聞2021年1月20日

編集部のおすすめ