民生用パワー半導体の国内生産に新たに挑む、自社工場持たぬメーカーの正体
米中の対立により半導体は経済安全保障上の国際戦略物資となった。アフターコロナに向けた脱炭素、デジタル化などの社会変化に欠かせないキーパーツとして需要も急増し、最終製品の生産を左右する。日本政府が台湾積体電路製造(TSMC)の工場誘致に乗り出したように、先端半導体の国内生産体制の再構築はさらに進む見通しだ。一方、コモディティー(汎用品)化した民生用パワー半導体でも新たに国内生産を始める動きがある。 (編集委員・錦織承平)
【民生用値下がり】コモディティー化、新たな投資難しく
価格が下がりコモディティー化した民生用パワー半導体の国内生産を始めるのは、2021年1月設立の自社工場を持たないファブレスの半導体メーカー「ジャパンパワーデバイス」(JPD、大阪市中央区、須山透社長)だ。国内の半導体関連企業と構築した“仮想垂直統合”と呼ぶサプライチェーン(供給網)に生産委託し、8月からIHクッキングヒーター用IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)を量産する。
JPDの初めての製品となるIGBT「BG065グループ」は、耐圧650ボルト、電流40アンペア。3月からサンプル提供する。量産は月10万個で始め、国内メーカーに供給する。23年度はラインアップを広げ、同100万個に増やす。「BG065グループ」は「TO247」というパッケージサイズで、民生用や自動車向けなどで需要が増えている。
IGBTは三菱電機、東芝、富士電機など国内大手も手がけるが、独インフィニオン・テクノロジーズなど海外勢との競争が激しく、コモディティー化が進む民生用製品では新たな投資判断が難しくなっているという。
【海外に価格で負けない】売価開示、各社が適正利益
JPDはこうした状況で、仮想垂直統合によるサプライチェーンを構築し国内生産に乗り出す。JPDが設計・開発と販売を担当。生産は前工程を国内の半導体受託製造(ファウンドリー)、リブカットやチップテストはエスタカヤ電子工業(岡山県里庄町)、ダイスボンドやワイヤボンド、モールドなどの後工程は大分デバイステクノロジー(大分市)、信頼性評価・解析はクオルテック(堺市堺区)に委託する。
JPDが案件ごとに売価を開示し、各工程の企業と共有。各社が適正利益をとる方法で価格を抑える。JPDの須山社長は「正直ベースでギリギリの価格を出し合えば、海外大手や中国などに価格で負けることはない」と自信をみせる。
量産に先立って、エスタカヤ電子工業と大分デバイステクノロジーは生産能力を増強し、5月からそれぞれがJPD以外からも受託生産を請け負う。各社の設備稼働率を引き上げ「日本でTO247を徹底的に安くする」(須山社長)考えだ。価格目標は、銅など原材料高騰の影響があるものの、「1個20円台前半にできれば国内外のどこからでも受託できる」と続ける。
【IGBTとは…】大電力、高速で細かく制御
IGBTはパワー半導体素子の一つ。大きな電力を高速で細かく制御(オン/オフ)するスイッチングが可能で、産業機器や白物家電の電力使用効率を向上するインバーターなどに使われる。JPDが生産するのは一つの素子に端子などを付けて樹脂でパッケージする「ディスクリート」と呼ばれる製品だ。
国内のシリコンパワー半導体の生産設備はウエハー口径が6インチや8インチのラインがほとんどで、JPDもこれを活用する。インフィニオンなどは大口径の12インチラインで生産効率を上げているが、国内メーカーの12インチラインへの投資は始まったばかりだ。
パワー半導体は素子の縦方向に電気が流れるため、薄くして抵抗を減らす必要があり、大口径化するとチップ数は増えるが、薄いウエハーのハンドリングなどは難しくなる。放熱性の確保も求められ「大口径化し、回路線幅を微細にして集積化することに、(演算処理などを行う)ロジック半導体ほどのメリットはない」(須山社長)としている。
ジャパンパワーデバイス社長・須山透氏「垂直・水平…良いとこ取り」
―仮想垂直統合の強みは何ですか。 「大手メーカーの垂直統合を工程ごとに企業が分担するサプライチェーンだ。生産の融通が利く垂直統合と、コスト意識が高い水平分業の良いとこ取りをする。各企業も当社から市場動向などの情報を得て、次の製品に向けた準備ができる」
―民生用パワー半導体で仮想垂直統合を立ち上げた背景は。 「最近は新しい技術や製品を開発しても、先行者利益を取る前に技術が世界に広がってしまう。日本は一番上のセットメーカーが世界の競争に負けると、サプライヤーも負けた気になり、コストで勝っているのに撤退してしまうこともある。コモディティー化した製品は総合電機メーカーで続けるのが難しければ、当社のような専業が分担することで、日本の強みである設計・製造を国内に残せる」
―液晶ドライバーICで作った仮想垂直統合は、多くが中国に移ってしまいました。 「テレビの世界需要が伸びなくなり、国内のユーザー企業が減ったのが大きい。RDJは設立後3年ほどは世界一安い価格で国内メーカーに製品を供給していた。製造は中国に移ったが、RDJの設計は国内に残しているし、雇用も増えている。液晶ドライバーICの場合、日本国内に残せたのは設計工程だったということになる」
―民生用パワー半導体の仮想垂直統合の可能性は。 「IGBTは需要が増えている。液晶ドライバーICと違い、用途はさまざまにある。日本の6インチ、8インチラインの生産能力は台湾と並んで世界一で、この強みを生かせる。まずは国内の6インチ、8インチラインで勝てる方法を見つけるのが先だ。先行するインフィニオンの12インチラインと同じ方法で大口径化しても勝つのは難しい」
【仮想垂直統合、すでに実績】液晶ドライバーIC、国内向け供給
須山社長はパナソニックでディスプレー用ドライバーIC事業の責任者を務めた後、独立して14年にテレビ向け液晶ドライバーICのファブレスメーカー、リボンディスプレイジャパン(RDJ、京都市下京区)を創業した。RDJはJPDと同様の仮想垂直統合を構築し、国内液晶メーカー向けにドライバーICを量産してきた。
ただ、国内では液晶メーカーの生産が減っていき、ドライバーICの需要も落ち込んだ。RDJは19年、須山社長が中国で投資家などと出資して設立した深圳通鋭微電子(深圳市)の子会社となった。RDJの21年12月期売上高は約50億円。現在は前工程を日本や台湾の企業に、後工程は中国で委託し、中国の液晶メーカーなどに供給している。
通鋭の副社長兼最高技術責任者(CTO)も務める須山社長は「液晶ドライバーICのユーザーのほとんどが中国企業になり、中国生産品が優先されるようになったため」と、液晶ドライバーICの仮想垂直統合が変遷した背景を説明する。