50年近く前からサーキュラーエコノミーへと続く道を切り拓いた日本人経営者がいた!

<情報工場 「読学」のススメ#98> 『ゴミに未来を託した男 石井邦夫伝』 (杉本 裕明 著)

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「3R」から「サーキュラーエコノミー」へ

サーキュラーエコノミー(循環型経済)という言葉をよく耳にするようになった。環境負荷を減らしながら経済成長を図る、新たなモデルとして熱い視線を浴びている。

簡単にいえば、原材料の調達や製品設計の段階から、商品を回収して再利用することを前提として考え、廃棄物を限りなくゼロにしながら経済活動を回していこうとする考え方と取り組みだ。大量生産→大量消費→大量廃棄という、従来の一方通行でしかない「線形経済(リニアエコノミー)」の対極にある。

日本では、1990年代後半に、廃棄物の最終処分場のひっ迫が課題となり、「1999年循環経済ビジョン」が打ち出された。そこで掲げられたのが「3R(リデュース・リユース・リサイクル)」である。

そして2020年、新たに「循環経済ビジョン2020」が発表された。これは「環境活動としての3R」の限界を超え、環境活動を織り込んだ上で「経済活動としての循環経済」へと転換していこうという主旨のものだった。

日本国内で「リサイクル」という言葉が使われ始めたのは1970年代中頃とされ、その歴史はけっして長くない。そして、まだ誰もリサイクルに見向きもしなかったころからいち早くその重要性に気づき、開拓してきたパイオニアがいた。市川環境エンジニアリング元社長の石井邦夫さんだ。彼に話を聞いたフリージャーナリストの杉本裕明さんは、関係者への取材も重ね、石井さんの評伝をまとめあげた。『ゴミに未来を託した男 石井邦夫伝』(幻冬舎)である。

石井さんは、市川環境エンジニアリングを廃棄物処理業大手に育て上げただけでなく、静脈産業(廃棄物の処理、処分、再資源化を担う産業)全体の地位向上のために奮闘した。そしてその考え方は、サーキュラーエコノミーの実現に通じるものだった。

リサイクルの重要性を広める

石井さんは、1947年、東京都江戸川区でし尿処理の収集業を生業とする家に生まれた。幼い頃から家業を見て育ち、早稲田大学に通いながらその仕事を手伝い、卒業後は家業「京葉興業」に就職した。当時、し尿やごみを扱う人々への社会の偏見は強かった。そのため、家業を継ぐのは、必ずしも自身が望んだ道ではなかったようだ。

それでも石井さんは精力的に仕事に取り組む。1971年、京葉興業は、千葉県市川市の廃棄物の収集・運搬や処理・処分業を手掛ける企業として、新会社の市川清掃センター(現・市川環境エンジニアリング)を立ち上げる。73年に石井さんが同社社長に就任。下水道が通っていない家庭や事業所に設置された浄化槽の清掃に始まり、一般廃棄物、さらには産業廃棄物の収集・運搬、中間処理へと手を広げて急成長した。

1981年には、当時、急増していたプラスチックのリサイクルを、苦労の末に事業化。缶、瓶、紙といったリサイクル事業の知見と技術もいかし、その頃千葉県にできたあの巨大テーマパーク内の廃棄物処理や、東京駅前の「丸ビル」をはじめとする大規模施設の廃棄物処理などを受託。業界に名を馳せる。

リサイクル事業が軌道に乗ると、食品廃棄物のメタン発酵・発電にも取り組んだ。また、不法投棄対策に取り組み、不法投棄撤去のための基金制度をつくるといった努力を重ねた。2010年に全国産業廃棄物連合会の会長となった後は、業界全体を底上げすべく、法整備にも尽力。一企業の経営者としてだけでなく、長期的視野で処理業界全体の発展と地位向上をめざした。

日本のサーキュラーエコノミーを先取り

2018年、石井さんは志半ばで他界した。晩年は、再生品を高品質化し、それに伴う市場拡大によってリサイクル事業を「製造業」として成り立たせたいと考えていたようだ。

実現すれば、産廃は資源そのものとなり、リサイクル業者は素材メーカーになる。それはまさに、サーキュラーエコノミーの考え方だ。2020年の「循環経済ビジョン2020」を先取りしていたといってもいい。

サーキュラーエコノミーの実現には、「あらゆる経済活動において(中略)機能やサービス化を通じて、付加価値の最大化を図る」(循環経済ジョン2020)ことが欠かせない。デジタル化やIoTによって付加価値が生み出される一方で、廃棄物の処理や資源有効利用の分野では付加価値が十分に生み出されていないことが課題とされる。石井さんが取り組もうとしていたのは、まさにこの課題だ。

EU(欧州連合)では、サーキュラーエコノミーの実現を成長戦略の一つと位置付け、2015年には欧州委員会が「サーキュラーエコノミー・パッケージ」を採択。欧州構造投資基金(ESIF)などによる財政的な支援も行われている。欧州の企業はサーキュラーエコノミーを「環境対応策」というより「市場創造」の機会ととらえ、積極的に取り組みを進めている。例えばドイツでは再生プラスチックの高度化が進み、家電や自動車部品の材料にも使われているそうだ。

ゴミに未来を託した男 石井邦夫伝』によると、ドイツの再生ペレットは日本円にして1キロ80円から120円で販売されているのに対し、日本では品質の劣る混合ペレットが同10~20円で流通しているという。日本では、リサイクル業者の主な収入源は排出事業者が支払うゴミ処理費であり、再生品の販売益はまだ小さいのだ。だから廃棄物を「資源」とする見方が広まらない。「付加価値の創出」にはほど遠いといえるだろう。

欧州にキャッチアップするチャンスはこれからやってくると信じたい。日本には、ノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイさんが広めた「もったいない(MOTTAINAI)」精神がある。古来、自然を敬い、共生してきた文化も、サステナビリティと相性が良いはずだ。

今後、社会には、社会問題や環境問題に関心が高いとされるZ世代も増えてくる。石井さんの描いた日本のサーキュラーエコノミー普及に向けて、取り組みが加速することに期待したい。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

『ゴミに未来を託した男 石井邦夫伝』
杉本 裕明 著
幻冬舎
302p 1,650円(税込)

情報工場 「読学」のススメ#98

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吉川清史
情報工場
チーフエディター

サーキュラーエコノミー研究家の安居昭博さんの著書『サーキュラーエコノミー実践』(学芸出版社)には、実践事例の一つとしてオランダ企業「マッドジーンズ」のサーキュラーエコノミーへの取り組みが紹介されている。同社はジーンズの製造企業だが、自社製のジーンズを販売せず、月額のリースで顧客に提供している。1年間のリース後には着用したジーンズを返却することができ、同社に戻されたジーンズは繊維に戻され、新しいジーンズの原料として使われる。こうなると、マッドジーンズは製造業なのか、リサイクル業者なのかわからなくなってくる。石井邦夫さんの「リサイクル事業を製造業にしたい」という考えは、究極的にはマッドジーンズのような「製造業とリサイクル事業の融合」に行き着くのではないだろうか。

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