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利益の「利」より道理の「理」。ミズノのDNAに沁み渡るSDGsの精神

<情報工場 「読学」のススメ#96> 『ミズノ本 - 世界で愛される“日本的企業”の秘密 -』(村尾 隆介 著)

スポーツ用品から国際貢献、地方創生にまで広がるミズノの事業

次の二つのプロダクトには共通点がある。おわかりだろうか。
 (1)トヨタ自動車の燃料電池車「MIRAI」に搭載された水素タンクの外殻素材
 (2)佐川急便のユニフォーム

正解は「どちらもミズノの製品」である。

ミズノは、野球やサッカーはもちろん、カーリング、アーチェリーといった多くのスポーツで使用されるウェアやシューズ、用具などを手がける。だが一方で、佐川急便やサカイ引越センター、セブン-イレブンなどのワークウェアも受注生産する。さらに炭素繊維をはじめとする「素材」のメーカーでもある。

こうしたミズノの「意外な顔」を次々と教えてくれるのが、『ミズノ本 - 世界で愛される“日本的企業”の秘密 -』(ワニブックス)だ。

同書は、ミズノが支えるトップアスリートたちの華々しい世界、裏方で選手を支えるミズノのクラフトマンたちの努力など、あらゆる側面からミズノを紹介。著者の村尾隆介さんはブランディングの専門家で、地域のスポーツ用品店の活性化、スポーツを軸とした地域ブランディングなどを通じてミズノともかかわりを持つ。

さらに“意外”なのが、国際貢献や地方創生支援などの、事業としての展開だ。

例えばベトナムで、経済成長に伴う子どもの肥満対策として、一人のミズノ社員が小学校の体育の授業改革に奮闘。ミズノが開発した、運動が苦手な子でも楽しめるプログラム「ヘキスサロン」を現地に導入するために、日本政府にプロジェクトをプレゼンして採択された。

山形県の朝日町では、ミズノが行政と組んで地方創生をサポートしている。まち全体をスポーツチームになぞらえ、朝日町×ミズノのタグが入ったコラボアイテムを製作し限定販売。さらにシニア層向けの健康増進プログラム、トップアスリートを招いた講演会など、幅広い継続的な事業を展開する。

サントリーとミズノの創業者の共通点は「三方良し」

「高校野球大会や実業団野球大会をはじめたのはミズノ」「20年以上もアムステルダムマラソンのパートナーを務めている」など、この本にはミズノの“トリビア”的なエピソードが満載だ。

だがここでは、ミズノの「出発点」に注目したい。創業のいきさつが、現在まで連綿と受け継がれた企業文化や経営方針に大きく影響したと考えられるからだ。

ミズノは1906年、大阪市北区にて水野利八(幼名・仁吉)、利三兄弟が創業した「水野兄弟商会」が起源だ。現在の水野明人社長は利八の孫にあたる。

利八は岐阜県大垣市に生まれた。9歳で父親を亡くし、12歳で大阪のくすり問屋へ丁稚奉公に出た。その後、京都で丁稚をしている時に、第三高校(後の京都大学)の学生たちがプレーする様を見て野球に強く惹かれる。また、日露戦争で兵士として戦地に赴いた際に戦友と交わした野球談議も面白く、忘れがたいものだった。その2つの経験から、野球用具やスポーツウェアを販売する店を構想するに至ったという。

さて「大阪」「くすり問屋」「奉公」というワードから思い出されるのは、サントリー創業者の鳥井信治郎だ。サントリー創業は1899年だから、ミズノと7年しか違わない。

サントリーとミズノは、世襲企業であること、財団を有し利益を社会還元していることなどでも似ている。そして「売り手良し、買い手良し、世間良し」という「三方良し」を標榜することも共通する。

利八は、「三方良し」の延長線上にある「利益の利より道理の理」という言葉を残している。「いくら儲かるか」よりも「道理が通っているか」「その事業が世のため人のためになるか」といった点を、利八は重視していた。そして、曲がったことは絶対にしなかった。戦後、物資が乏しい時代であっても、決して闇市には手を出さなかったそうだ。

この言葉はミズノのDNAとなっているようだ。だから市場が小さいマイナー競技用の商品をつくり続ける。前述のベトナムや朝日町での取り組みも「道理の理」によるものだろう。

古賀稔彦元選手の依頼で子どもが「正々堂々と闘える」柔道衣を開発

「曲がったことはしない」という利八の意志が、ミズノに受け継がれていることを納得させられるエピソードがある。

今年3月に亡くなったバルセロナ五輪柔道金メダリストの古賀稔彦元選手は、現役時代のみならず引退後もミズノと深く関わっていた。2000年に引退後、柔道教室「古賀塾」を開いた際には、ミズノに「子どもに合った柔道衣を開発してほしい」と要望したそうだ。

ミズノはそれに応え、握力の弱い子どもでもしっかりと相手の柔道衣を掴める、帯が結びやすいなど、古賀元選手のこだわりを反映したキッズ向け柔道衣シリーズ「三四郎」を開発した。

実は当時の柔道界では、「違反柔道衣」が横行していたという。勝ちを重視し、襟を厚手にして相手が掴みにくくしたものなどだ。勝利という「利」を重視したものであり、利八が見たとしたら「曲がったこと」の最たるものだったろう。

もちろんミズノは違反柔道衣をつくっていない。それどころか、「三四郎」シリーズでは「正々堂々と闘う柔道衣」を目指した。

私は中学高校時代、柔道部にいたのだが、思い返せば、ミズノの柔道衣は特別だった。他社製に比べて明らかに柔らかくて握りやすく、着心地も良かった。快適で、正々堂々と戦うベストコンディションに、体も気持ちも持っていってくれる柔道衣。それには利八の「道理の理」が込められていたのだな、と、今さらながら納得した。

昨今は、SDGsやESG投資が注目されている。「ステークホルダー資本主義」や社会課題解決型のビジネスへの注目、新興国の劣悪な労働環境に対する問題意識の高まりなどからすると、利八の「三方よし」や「利益の利より道理の理」の考え方は、現代を先取りしていたと言っていいのではないだろうか。

『ミズノ本 - 世界で愛される“日本的企業”の秘密 -』で著者の村尾さんは「事業自体が社会貢献的であるミズノは、どこを切り取ってもSDGsアクション」と書いている。今だからこそ、ミズノの歴史と現在の経営から学ぶべきことは多そうだ。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

『ミズノ本 - 世界で愛される“日本的企業”の秘密 -』
村尾 隆 著
ワニブックス
288p 1,700円(税込)
情報工場 「読学」のススメ#96
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
米国の経営学者ウォーレン・ベニスの名言の一つに「Leaders are people who do the right thing; managers are people who do things right.(リーダーは「正しいこと」を行う、マネジャーは「ことを正しく」行う。)」というものがある。リーダーとマネジャーの違いを言い当てた言葉だが、この区分は企業に当てはめられる。すなわち「正しいことをする」企業と「ことを正しく行う」企業があり、ミズノは前者といえる。「ことを正しく行う」方法は限られるが、「正しいことをする」手段はいくらでもある。ミズノがスポーツ用品以外にも多種多様なビジネスを展開しているのは、いかに正しいことをするかを、常に考えているからではないだろうか。

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